ナイツロードJ 一話

一話

 

 

 人を焼く時の悪臭は頭髪が原因であり、血肉はあまり関係ない。
 言ってしまえば人間なんてものはタンパク質の塊であり、そこらの豚や牛と変わらない。 
 案外しっかり下拵えでもしてソテーにでもすれば、食欲を誘う臭いはするんだろうか。
 試す気はないがそういうくだらない考えほど頭に残ってしまう。
 そんなことを考えながら目の前の焼死体を見る。
 この死体は兵士としては並み以下だが、中々に熟練の発火能力者だった。
 周囲にダメージを与えず、確実にターゲットだけを狙い尽くしていた。よほど人を焼くのが好きだったんだろう。今は自分で焼け死んでいるが。
『腕』の出力を調節し直し、目の前の鉄製のドアを蹴破って、無理やり室内に入る。
 部屋中にドアの倒れる音が鳴り響いた。そのまま部屋に入る。
 侵入者である俺に向かってきた若い男の頭をつかんだ。手のひらに魔力を集中し、頭の中心で爆発させる。
 血と脳漿がコンクリートが剥き出しの壁にぶちまけられ、赤い液体とピンク色の泥が辺りの人間全てに吹きかけられる。
 頭をなくした男は仰向けに倒れ、頭があった所から血を出していた。
 飛び散った肉の破片は焦げ、人の焼ける臭いを漂わせている。
 室内の人間は突然の出来事にただ唖然としている。
 これなら脅しとしては上出来だろう。
「お前ら動くなよ。こいつみたいになりたいなら別だけどな」
「な、なんだ貴様は!?」
 太った男がソファーから立ち上がり、怯えながらも声を出す。潰れた蛙のような声だった。
 1、2、3……部屋の中にいるやつは五人。死んだ男も含めると六人だが。
 恐らく超能力者はいないだろう。こっちを見て震えるばかりだ。だが銃くらいには気をつけたほうがいいだろう。油断していると撃たれる時もあるからだ。
 命令では中央で座っていた太った男以外は殺せとのことらしい。俺の仕事は殺し合いだが、時々こういった戦闘ですらない虐殺染みたこともする。
 仕事だからだ。戸惑いはない。
 一番近くの男から首をナイフで切る。そのまま続けて二人目、三人目と続く。
 まるで家畜の処理だ。頚動脈を切って血抜きをする。なるべく素早く丁寧に。ここは今、人間を処理する屠殺場だった。
 ただし食肉としては使用されない。この行為はどちらかと言うと病気の蔓延を防ぐものだろう。
 太った男以外を処理し終える。安っぽい絨毯は人間の体液を吸い、血の臭いを充満させていた。
「こ、殺すな! な、何でもしてやる! だから殺すんじゃあない!」
 潰れた蛙が出すような声で命乞いを始める。俺は黙って血溜まりの中を進む。
「ワシのとっておきだってくれてやる! ……く、くそっ! おい! 誰かいないのか! ワシを助けに来い!」
 誰も来るわけがなかった。既にこの男の周りの人間は死んでいる。
 他にいるだろう部下も、俺の同僚が引き付けているだろうからだ。
 俺は太った男の前に立ち、たるんだ顎を蹴り上げ、膨らんだ腹に拳をめり込ませる。
 男を昏倒させ、拘束具をつける。男は何か言いたそうにしていたが、知ったことではない。
 こういうやつは習ったように同じようなことを言う。そして俺はそういうやつが嫌いだった。理由はない。とにかく気に入らないのだ。
 目標は達成した。長居は無用だろう。外にいるだろう同僚に無線で連絡をとる。
 「俺だ。終わった」
 『いくらなんでも簡潔すぎじゃね!? ってその適当な感じは間違いなくブラザーだな。こっちもキリがいいところだぜ』
 「合流地点に集まったらすぐに離脱だ。わかったか?」
 『オーケーオーケー了解了解」
 プツンと軽い音が鳴って通話が切れる。
 俺は太った男を片手で担いで、ひしゃげたドアを跨ぎ、廊下へ出た。
 辺りには人間の死体が無造作に置かれている。
 焼き切れた腕や脚、頭から股にかけて縦に裂かれたものや、胸に拳ほどの大きさの穴があるものなどが、窓から漏れる月明かりに照らされていた。
 なるべく死体を踏まないように階段へ向かう。
 動かない肉を踏むというのはあまり気持ちいいものではない。
 俺に死体を弄る趣味はないのだ。
 それにしても酷い光景だ。いつ見ても面白いものではない。
 仲間の中にはコレを見て、無邪気にはしゃぐやつもいるが、そんなことは常人にはとても理解できないし、理解したくもない。 
 そいつは人間の死体を見て何を考えるのだろうか? 血の気の抜けた肌や開いた瞳孔、痛みに喘いだ表情。どれにしろ、ろくでもない喜びであることは確かだ。
 警戒しながら進み、階段を下る。足が何か固いものを蹴った。
「これは……手枷か?」
 それは金属の小さな捩れた輪だった。
 力任せに外されたようで、内側の部位に血がこびり付いている。よく見ると噛み千切ったような痕がある。
 手枷には魔力封印の効果が符号されていた。
 普通の魔道士が蝋燭の火を灯すこともできなくなるほどの、強力な効果を持つ品のようだ。
 高級品であることは間違いないが、今ではただの鉄くずと化している。
 これを噛み千切ったのは人間じゃないだろう。
 魔族の子供だ。太った男が喚いていたときに言っていた『とっておき』とやらは、きっとこのことだ。
 下手したら、俺にも手に負えない上級の魔族である可能性もある。話が通じる相手ならいいが、期待しない方がいいだろう。
 超能力者相手ならまだしも、魔族だ。
 人間並みの知能で、強靭な肉体を持ち、膨大な魔力を有する。
 そんなものを売り物にしようとするのは、あまりにリスクが高い。
 ――現代において人身売買は成立している。もちろん非合法だが、必要措置としては存在している。
 超能力者が増えて、増えた死因が一つある。超能力をもつ子が両親を殺してしまうのだ。
 子供は善悪を知らない。加減も知らない。自分の力も知らない。そうする気がなかったとしても周りの人間を傷つけてしまう。
 もちろん、それを防ぐために能力を遮断する装置も存在するが、それを使うことができない貧困な層もいる。
 そこに漬け込むような商売をしているのがこのデブみたいなやつらだ。
 親に適当な金を渡し、超能力者の子供を引き取る。そして商品として扱う。
 俺たちのような職業の人間にも、そういう生い立ちのやつは結構いる。やたら若いやつがいるのもそのせいだ。
(人身売買だけなら超能力者の子供だけでも、十分な商売としては成立するってのになんでこいつは魔族に手をつけ始めたんだ?)
 このデブの組織を潰すことになった大部分はそこにある。他の組織に比べて悪質な取引をしていたというのもあるが、一番の理由は魔族を扱い始めた。これだろう。
 目立つようなことをしすぎだ。潰してくださいとでも言っているようなものだ。
 ……余計なことを考え過ぎだ。さっさと合流地点に向かおう。
 無線で同僚を呼ぼう。何か起きてからでは遅い。
「こんばんは、おにいさん。なにしてるの?」
 狙ったかのようなタイミングだ。
 上着から無線を取り出そうとしたところで不意に声をかけられる。思わず身構えそうになるが無理やり止まる。
 いつの間にか廊下の角に子供が立っている。女の子だ。しかも全裸だ。
 浅黒い肌で深緑の目をし、顔立ちは全体的に丸く優しげな顔立ちをしている。
 目の色と似た、腰まで伸びたエメラルドグリーンの髪は、無作法に伸びた雑草を思い出させる。
 だが、纏う空気と微かに漂う腐肉の臭いと、血まみれの肌が少女の異常性を露わにさせていた。
 落ち着け。動揺するな。まだ遭遇しただけで、戦闘にはなったわけじゃない。
「こんばんは、お嬢ちゃん。俺は散歩の途中だ」
 適当に答える。真面目に答えても仕方無い。もうちょっとマシな嘘をつきたかったが。
「そうなんだ! こんな時間に散歩だなんて、その豚さんはとっても散歩が好きなんだね!」
 そう言って、俺に担がれている男を見る。
 豚扱いか。同じにされる豚も可哀想だ。
「まあ、そんなとこだ。じゃあな」
 適当に相槌を打ち、横を早足で通り過ぎる。関わらないのが一番だ。
「おにいさん」
 通り過ぎたところで後ろから声をかけてくる。
「おにいさんは豚さんは好き?」
「そこそこかな」
 今持ってる豚は嫌いだが、豚肉は普通に好きだ。嘘は言ってない。
「私その豚さんにお礼しなきゃだから殺してもいい?」
「それは無理だ」
 生かして捕らえるのが仕事だ。そういうわけにもいかない。
 少女は笑ったまま話を続ける。
「もう一度聞くよ? その豚を渡して。いい?」
 どう考えても交渉できるとは思えない。にしても律儀に所有権を求めるとは、可笑しなものだ。大抵力づくできそうなものだが。案外そこまで悪いやつではないのかもしれない


「口の訊き方がなってないな。お前は譲ってもらう立場だ。『渡してくださいお願いします』だろ? 敬意を示すのは大事なことだ」
 少女の表情が固まり、しばしの沈黙が続いた。
「……わたしてくださいおねがいします」
「断る」
 その瞬間。少女が圧倒的な速度で俺の目の前に飛び出し、細い右腕を縦に振り下ろした。
 俺の右腕の肘から先が赤い液体を撒き散らして飛んでいく。
 ……これで、長期の休暇をとる理由もできたな。若干高い買い物だったが。そんな場違いなことを、勢いのまま通り過ぎる少女を見ながら考える。
 左腕で担いでいた男を床に叩きつけてしまったが、死んでないか不安だ。死んでいたら泣くに泣けない。
 跪いている俺に向かってゆっくりと歩いてくる少女。無表情で冷めた顔をしている。
 少女に胸倉を掴まれ顔を引き寄せられる。
「……渡してくれるよね?」
「……」
 生暖かい息が顔にかかる。肉食動物の口臭のようだ。つまり、
「なぁ、お嬢ちゃん」
「なあに?」
「口が臭い。歯磨きちゃんとしてるか?」
 少女の顔が不快な感情で歪む。
 初対面の相手に「口臭いですね」はありえないとは思う。でも臭いもんは臭い。
「……自分の立場わかってるの? なんでそんなこと言うの? ねえ、殺すよ」
「わかっている。歯磨きも今関係ないのも知っている」
 ついでに言うと俺は朝食前に歯磨きをする派だ。
 朝起きた直後が一番口の中に雑菌が溜まっていると、テレビか何かで見た覚えがある。
「決めた。おにいさんは殺すね。ぶっ殺すね。」
 左腕を構え、俺の顔面にまっすぐ向ける。
 怒りのせいか胸倉を掴んでいる手は、生まれたての小鹿のように震えている。
 脚部のブースターにばれないように慎重に魔力を込める。
「……念のためもう一回聞くよ。豚わたして。ね?」
 相変わらず妙に真面目な少女だ。
 ゆっくりと、壊れないように少女のお腹に左手を添える。
 柔らかな感触が手に伝わる。どんな高級な素材を並べたとしても、子供の瑞々しい若さに溢れる肌に勝るものはない、と俺は思う。
 それだけに、残念だ。
「仕事だからな。無理だ」
 言い終わったその時。少女の柔肌は焼け焦げ、腹に大きな風穴ができていた。
 少女の喉から搾り出されたような絶叫が辺りに響き渡った。
 『熱線』の魔法が一瞬で構築を済ませ左の手のひらの放射口から放出したのだ。
 脚部のブースターを起動させ、苦悶の表情で悶える少女を垂直に蹴り上げる。
 弾丸のように飛び、天井を打ち抜いて行く。
 ……見た目子供を容赦無く蹴るってのはあんまり気持ちいいもんじゃないな。
 というか最低な気分だ。あの少女は連れて来られた被害者だろう。
 この豚に怨みでもあったんに違いない。
 まあ、多分死んでないだろう。
 ざっと感じた魔力量は上位の魔族ほどはあった。
 腹の穴ぐらいは自力でなんとかできるはずだ。
 腐っても魔族。子供でも魔族だ。
 頑張ってくれ。俺は自分だけで手一杯だ。
「さてと、時間かかっちまったがさっさと行くか」
 もげた腕と太った男を回収し、焼けた肉の臭いを感じながら、今度こそ俺は合流地点に向かった。
 この少女と後に思いがけない再会を果たすとは知らずに。

 
「よーう、ブラザー! おつかれさ……って腕とれてるけど、どーしたの」
「ちょっとやんちゃされたってとこだ」
 合流地点にやっとのことでたどり着いた俺に話しかけたのは全身を金属の板で覆った男だった。
 いわゆる強化外骨格に身を包んだこの男は俺の同僚であり、今回の任務の唯一のチームメイトというやつだ。
 名をエクス・イグナイトという。

 無能力者で優秀な技術者なのに、こうやって前線に出しゃばってくる人間だ。どうも人格的に何か問題があるとしか思えない
「ふぅん、んじゃ後は適当に帰って後続の班に任せようぜ」
「……ああ、そうだな」
「なーんか機嫌悪そうだけど何かあった?」
 何かあったと言われれば子供蹴飛ばしたくらいだ。
 まさかそんな話をいけしゃあしゃあと話すわけにもいかない。こいつには。
「まあな、でもお前には関係ない」
「ありゃりゃ、それじゃあ仕方ないな」
 手をヒラヒラ振って大して残念な素振りも見せずに歩きだす。
 俺もそれにならって黙って後ろに付いて行く。
 空は雲に覆われて月明かりが僅かに漏れるばかりであった。

 

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 結局投稿しなおす。

 続けるとしたらこれの続きを書く。