ナイツロードJ 四話

四話

 

「へぇ、ここって本当に街みたいだね」
「人が暮らす場所だからな。似たようなもんになるんだろう」
 ファルと再会した翌日。俺はファルをナイツロード本部基地『レヴィアタン』の中を案内していた。
レヴィアタン』は洋上を常に移動している要塞のような基地だ。
 生活区には多く人が通るためか、内部は街のように賑わっている。
 生活必需品を売る店や、お手頃価格で食える食堂、装備品を取り扱う店など、様々だ。
 娯楽施設もいくつかあり、俺は傭兵団的にそれはありなのかと思うが。
「ジョニーはここの店でよく来るところはあるの?」
「喫茶店くらいなもんだな。後は本屋くらいか」
「喫茶店ってことはアレ飲むの? 黒くて苦いだけの」
「コーヒーな。それと他人の好きなものを、嫌味ったらしく言うのはよくないな」
「ごめんなさい」
 ファルがぺこりと謝る。基本的にこいつは素直なやつだ。
 こうしてると普通の子どもと勘違いしそうだ。
 そういえばしばらくあの店に行ってなかったな。
 最近はインスタントのコーヒーで済ませてたから、少し物足りなかった。
 ファルの世話という名目で、ちょっとは暇になるだろうから、今度覗きに行くのもありか。
「よし、……それじゃあ一度、荷物を置くついでに、お前の部屋に行ってみるか」
「うん」
 と、どこの部屋になるんだっけか。
 昨日は結局、ファルと話してばかりだったから、資料の確認が完全にできていなかった。
 なら、無理矢理にでも、時間を作って確認しろと思うが、如何せん仕事に対する適当さが、身に付いてしまっている。
 俺はジーンズのポケットから、携帯端末を取り出し確認した。
 もう一度確認した。逆からも読んで確認してみる。
 ……これに書いてることが、見間違いでなければ、ファルは俺の部屋で暮らすことになっていた。
「あ?」
 思わず声が漏れる
 拾ってきた子ども用の大部屋が、いくつかあったはずだ。てっきりそっちに住むと思っていたのだが。
 当然と言えば当然かもしれない。
 子ども同士で争いが起こった場合、魔術枷すら引きちぎる力を持つファルがいた場合、死人が出る。
 ファルにその気はなくても、ちょっとした拍子に手が出た場合、問題が起きるのは確かだろう。
 そして、ここでの勝手がわからない子どもを、一人部屋に入れるのもいけない。
 いくつか問題を考えると、俺の部屋である理由はある気がして、一応納得ができる。
 ただ、一番納得がいかないのは、俺に許可なく、俺の部屋に住むことになっていたことだ。
 おのれ、クーツェン。俺に任せると言ったのは嘘だったのか。
「どうしたの?」
 固まって思考に耽っていた俺を見かねてか、ファルが声をかけてきた。
「あ、いや、何でもあるけど何でもない」
 ここで考えても仕方ない。望む望まないにしても、もう決まっていることだ。
 うじうじしててもどうしようもない。
「じゃあ、行くか……俺の部屋に」
 気乗りがしないまま歩き始めた。

 それにしても居心地が悪い。
 今日は周りの視線が痛いほどにわかる。
 何しろこんな魔族の子どもを連れまわしているのだ。
 それにファルは結構整った顔立ちをしている。
 目立って目立って仕方がない。
 団員達が暮らす居住区に来て、その視線は更に露骨になった、気がする。
 俺とファルは粘っこい視線を避けつつ、目的地の前に辿り着いた。
「ここがジョニーの部屋?」
「ああ、中を片付けてくるから少しだけ待っててくれ」
「やっぱり裸の女の人の本とかあるの?」
「ねえよ。飴玉やるから静かにしててくれよ」
「わーい」
 飴を三つ手渡す。受け取ったファルは、三つの袋を全て開け、同時に口に含んだ。
 おい。
「一応味とか違うんだが」
 ファルはこちらを見つめたまま、三つの飴玉を噛み砕き始めた。
 飴玉に対する冒涜としか思えない。
「おいしいよ」
 そりゃよかったな。
「じゃ、サクッとやってくるぞ」
「あーい」
 部屋を覗こうとするファルの頭を抑え、扉を開いて室内に入る。
 部屋の中は脱ぎ散らかした衣服や、積まれて埃を被った本達、散らかった飲食物のゴミだらけだ。
 足の踏み場が無いわけではないが、他人を迎え入れるには、明らかに汚い部屋だ。
 面倒だが片付けない訳にはいかない。流石に子どもをこんな場所に入れないほどには、俺に常識は残っているようだ。
 本の埃を叩き、棚に適当に入れる。
 服をまとめて積み上げる。
 足元のゴミを手当たり次第にゴミ袋に突っ込む。
 この作業をかつてないほどの速度でこなす。
 あまり時間をかけて待たせるのも、ファルに悪い。
 適当に床が空いたところを、掃除機で細かいゴミを吸う。
「いくらなんでも掃除しなさすぎだな……」
 掃除用の義手なんてどうだろうか。
 俺にとってはそこそこに使い易そうだ。
 そうすれば、日常的に掃除をやる気にはなるんじゃないか?
 まあ、それはないか。易々と俺の大雑把な性格は治りそうにない。
 何てことを考えている間に、ある程度まともな部屋らしくなった。
 換気扇を回していなかったせいで、埃がフワフワと部屋を舞っているが、これくらいならセーフだろう。
 俺の部屋に窓はない。というか殆どの団員の部屋から空が見えることはない。
 換気扇を回し、ファルを呼ぶため、部屋の入り口を開けると、
「いない?」
 ファルは姿を消していた。
 十分以内には掃除を終わらせたが、それではどうやら遅かったらしい。
 いきなりこれだ。先が思いやられる。
 時間はそんなに過ぎていないから、この辺りにいるとは思うが。
 『探知』の魔法を使えばすぐ見つかるはずだが、生憎今は予備の義手だ。『探知』の術式は組み込まれていない。
 ファルは魔力にリミッターをかけている。ある魔導具技師により作られた特別製なので、滅多に壊れることはない。
 つまり今のファルは、そこらの魔族と変わらない程度の強さになっている。
 ファルが問題を起こすとは考えられないが、ファル以外がファルに害を及ぼしてしまうかもしれない。
 一人で待たせるだけで面倒ごとが起きるとは、俺の見通しが甘すぎたか。
 ふむ、まぁなんとかなるだろう。
 子供故に騙されるかもしれないが、何とかなる。
 基本的に素直で知らない人の言うことも、聞くぐらい素直だが大丈夫だろう。
「……」
 さて、手っ取り早く探すか。
 俺は部屋に戻り掃除機に入っているフィルターの中身。つまり細かなゴミを通路にバラまいた。
 通行人からは嫌な顔をされたが関係ない。
 瞬間、目の前を白い影が風も無く通りすがる。
 右手に箒、左手にチリトリ。頭に鉢巻、白い髪。
「バーカ野郎のドアホ野郎のアンポンタンのポンチンカンがッ! そこはさっきから俺が俺のために俺の俺による完璧な掃除をしているんだよ! さっきのお前の行為は何だ? 俺の掃除を邪魔したいんだな? そうだなコンチクショウのが! 俺にかかればこんなモノは! それはもう瞬く間に終わるだろうよ! 一瞬だ! 刹那の時だ! 片手間だ! いや、片指間だ! だからと言ってそうやって人の掃除の邪魔をするのはどうかと思うんだよなぁ! 俺はさぁ! 掃除というのは神聖で幸福の象徴だ! 心が豊かな者は周りを綺麗にするだろう! それに比べてお前はどうだ! 綺麗にするどころか、汚らしい行動で汚物を神聖美麗な綺麗な床に撒き散らす行為! 背徳的かつ冒涜的だ! お前が床にばら撒いた汚物はお前の心の有様だよ! 汚いんだよぉぉおお! 馬鹿なんじゃあねえええかああ!? わかるかよおおおおおおおおおおおお! そこの水色ボサボサ頭の男おおおおお! そぉぉおおおうだよ! お前だああああぁぁあああ!  ジョォォニィィイイイ! ベェェェエエエエッッルッペッパアアアアアアアアアア!?」
 部屋のゴミを生贄に俺はレッドリガ直属の幹部の一人『アルス・デュアルメア』を召喚した。
 確かに幹部の一人なのだが、ただの掃除狂いだ。
  基地内を縦横無尽に駆け回り、ありとあらゆるところを掃除するのが好きな変態の一種である。
  高速で動き回り、端から見ると奇妙な動きをしているようなところから、デュアルメアは『妖怪キレイキレイ』と呼ばれている。
  魔族の寿命と身体能力とを無駄使いしている気もする。
 「すまん」
  とりあえず謝る。
 「ふっふっふー、別に構わないぞ。何故なら俺は掃除が好きだからだ。愛してると言ってもいい。手間がかかればかかるほど愛情は増す。俺にとって掃除というものは、我が子のようなも」
 「あー、すまん。ちょっと頼みたいことがあるんだが」
  デュアルメアは掃除、という単語を口にするだけでも長い。ので遮らせてもらう。
 「なんだ? 掃除か? 掃除なんだな? よし任」
 「人を探して欲しいんだ。腰まである緑の髪で肌が褐色の魔族の女の子だ。名前はファルルーナ」
 「なんだ、掃除じゃないのか……。まあいいだろう。その程度の俺にかかればそんなモノは、瞬きする間に終わってしまうな。よし、やってやろうじゃあないか。ジョニー・ベルペッパー! だがしかし、条件がある」
 「なんだ?」
  どうせ掃除が云々言うのだろう。
 「お前の部屋を掃除させろ。お前は掃除をサボるから、こんなゴミを床に撒くような荒野のようにザラザラに荒んだ心になっている。部屋が綺麗になればお前の心は砂漠にある、オアシスのごとき清涼感を醸し出すことがで」
 「わかったわかった。説教はいいから早く探しに行ってくれ」
  台詞を途中で遮られたデュアルメアは俺をふてぶてしく睨みつけた後、白い影を残し、この場所から音もなく消えた。
  相変わらず騒がしい男だ。
  だが、何だかんだで頼みを聞いてくれる辺り、お人好しの臭いがする。
  デュアルメアが基地内部を探す時間は、デュアルメア自身が言った通りに直ぐ終わるだろう。
  何しろデュアルメアは、一日中基地内を駆け回っているからだ。
  基地内の構造はバッチリ理解しているだろう。
 「見つけたぞ」
  いつの間にか後ろにいたデュアルメアが声をかけてくる。
 「今、彼女は居住区の屋上にいるぞ」
 「そうか、すまん。助かった」
 「俺にかかればこんなモノは綿毛のように軽いぞ。では少女の元へ行きたまえ。そして、戻ってきてお前の部屋を掃除させるんだ」
 「あーいよ」
  再び、瞬く間に姿を消す掃除妖怪。相変わらずの素早さだ。
  と、見送ったところでファルの元に急ぐか。
  何時までもそこにいるとは限らんからな。

 

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 遂行すら放棄し始める。

 文章的な表現が皆無。