ナイツロードJ 六話

六話

 

 

「なんッスか。ジョニーさんってまさかロリコンだったんスか?」
「おい、待て。なんだその反応は」
 義手の修理を頼んだロッテの工房――ある程度優秀な技師は個人的な作業場を借りることができるのだ――の元へ、ファルと共に向かって直ぐにこの一言だ。
 カウンターを挟んで閉口一番に飛んできた言葉は、失礼にもほどがある。
「そんな幼女と手を繋いで興奮してる男のどこがロリコンじゃないって言うんスか」
「興奮もしてなければ、ロリコンでもない」
「ねぇジョニー」
 右手――と言っても俺の四肢はほとんど機械なわけだが――に柔らかな温もりを伝えてくる存在、魔族の少女ファルルーナが俺に声をかけてくる。
「なんだ?」
ロリコンって何?」
 聞いてくるとは思っていた。
「小さい女の子が好きなやつのことだ」
 とりあえず濁して言っておく。嘘ではない。
「じゃあジョニーはロリコンなの?」
「さり気なく自信有り気に言ってくるな」
「だって私といつも仲良くしてくれるじゃない」
 いや、ロリコンってそういう意味じゃないんだが。
「じゃあジョニーは私のこと嫌いなの?」
「嫌いではない」
「じゃあロリコンなの?」
ロリコンでもない」
 この反応は実に困る。悪意が無く、子ども特有の純粋さなだけに、ロリコンの本当の意味を教えるのも躊躇う。
「俺は小さな女の子が好きなのではなく、ファル個人を気に入っているだけだからな」
「そうなの? わーい」
 ファル自身この会話の意味をよくわかってないように見えるが、満足してくれたようなのでこれでいいだろう。
 楽しそうなファルを見ていると、思わず口が緩む。
「やっぱりロリコンじゃないッスか」
「違うわアホ」
 ファルの純真無垢さに比べてロッテ・ブランケンハイムの意地の悪さが今までの会話でわかるだろう。
「まあ、ジョニーさんはいいとしてッスね。ファルちゃんでいいんスよね?」
 ロッテがファルの方に体を向ける。
「うん」
「私の名前はロッテッス。好きなように呼んでくれて構わないッスよ。ジョニーさんの機械の腕やら脚やらを作ったりしてるんスよ。ジョニーさんについて回るなら、何度か会うと思うッスからどうぞよろしくッス」
「お前にも自己紹介する程度の礼儀は残ってたんだな」
 当然のごとくロッテは俺の軽口を無視する。
「わたしはファルルーナって言います。ファルって呼んでください。これからよろしくお願いします。ロッテさん」
 こんな見るからにだらしなく、不健康な女にも律儀に敬語で丁寧に挨拶をするファルは相変わらずの真面目さだ。
「うんうん、いい子ッスね。そこの低身長の青白い不健康な髪した男には勿体無さすぎッス」
「ジョニーさんの悪口言っちゃダメですよ!」
 ファルはパイプ椅子に座るロッテに詰め寄り、俺に対する悪口に抗議の声をあげる。
「おっとこれは手痛いッスね。すまんッス、ファルちゃん」
「謝る相手が違いますよ!」
 ファルという子供は正義感が中々に強いらしい。初対面の相手に対してもこの押しの強さだ。
 ロッテが渋々、といった様子でこちらを見て、
「まことにもうしわけなかったっすー」
 と、抑揚のない棒読みで謝罪の言葉を放ってきた。
 ロッテはチラリとファルの方を見て、俺に対する謝罪の合否を問う。
 それに対し、ファルは非常に満足げに頷いた。
 正義感は強いと言っても、子供騙しに騙されるような微笑ましい正義感だった。
「んで、ジョニーさん。まさか今日は、わざわざ愛しい愛しいファルちゃんを紹介しに来ただけっスか? 私、これでも忙しいんスよ」
 忙しい、という言葉はだらしなさを人の形にしたようなロッテにはあまりにも不釣合いだった。事実、こいつの机には、灰皿に詰まった煙草の吸い殻や乱雑に重ねられた雑誌、最新型の携帯ゲーム機など、仕事の痕跡があまり見えない仕様だ。
「どこが忙しいのかは知らんが、今日来たのは、修理の終わった義手を引き取るためだ。ファルの紹介はついでだ」
「ああ。ちょいと待つといいッス」
 そう言うと長方形の箱をカウンターの下から取り出してきた。
「ほい、これっスね。ちょっと接合部の耐久力を上げたから少し重くなってるかもしれないッス。問題ないッスか?」
「ああ、問題ない」
 ロッテの手から長方形の箱を受け取り、中身を確認する。
 見た目は以前と比べて黒ずんでおり、重厚感が増したように思える。
 手に取った感じでは重量に違和感はない。
「とりあえず一回試してみて文句があるなら言ってくださいッス」
「わかった」
 まあ、少しばかり丈夫にしようが関係ないとは思うが気休めにはなるだろう。
「あ、これってわたしが千切ったやつ?」
 復活した義手を見てファルが声をあげる。
「そうだな。だがもう千切るなよ? 結構値が張るからな」
「ごめんなさい」
「まぁ、それに関しては気にするな。むしろ俺の方が謝りたいくらいだ」
 警告の意味での腕への攻撃と、殺すつもりで放った攻撃では重さは違う。が、
「いいよいいよ。ケガなんて直ぐに治るから」
 ケロッと何でもないように言ってくる。魔族ってのはやはり違うものなんだな。
「今、私の聞き間違いじゃなければ、私の作ったものを、ファルちゃんが千切ったとか聞こえた気がしたんッスけど」
 ロッテが食いつくように俺に顔を近づける。
 というか気になるのはそこだけか。
「そうだけどどうしたんですか? あれくらいなら簡単に壊せますよ?」
「か、簡単にっスか……」
「うん」
 あっけらかんとした様子でファルは答える。
「ジョニーさん何やってるんスか。こんな可愛らしいお嬢さんに負けるほど弱かったとは思わなかったッスよ?」
 口を尖らせ、机の上にだらしなく体を預け、刺々しい目線を俺に刺してくる。
「言っておくがな、ファルは俺より強いぞ」
「そんなバカなッス。……ってよく見るとファルちゃん随分物騒なもん着けてるっスね……」
「お姉さんにつけてもらったんです」
 ファルは緋色の首輪をロッテに見せつけるように胸を張った。
「ヴァレンティナが言うには上級魔族程度の魔力すら完全に抑えつけられるらしいぞ」
「ヴァ、ヴァレンティナさんが関わるって、そんな飛び抜けて吹っ飛んだ存在なんスか……。というかこのリミッター、オリハルコン製じゃあないスか……。ファルちゃんって一体何なんスか」
「わたしはただの魔族ですよ」
「いや、まあそりゃあ魔族っていうのはわかるんスけど。なんだか複雑ッスね」
 魔族というものにはあまり外見年齢は宛てにならない。だが、ファルは正真正銘のただの子供だ。それだけに末恐ろしいものがある。
「まぁ、安心しろ。今は精々魔力を発揮できるのは下級魔族程度だ」
「上級魔族の魔力を完全に抑える物でもそれッスか……」
 魔族は下から最下級、下級、中級、上級、最上級、といった具合に区分されている。下級でも、人間のまともな能力者一人分くらいの実力は有している。
 この中で言うとファルは最上級に入るだろう。
 とても生まれてちょっとの存在には思えない。
「ファルちゃん強いんスね……」
「まあね!」
 ファルは褒められたことで、得意気に鼻を鳴らす。
「話には聞いてたッスが、ジョニーさんよく生きてたっスね」
「ファルが戦闘訓練をしてなかったのが唯一の救いだったな」
 魔力を持て余した状態で上級魔族くらいの手応えはあるように思えた。
 もし、ファルが魔力をもっと上手く扱えていれば、俺の最高火力でも掠り傷しか与えられなかっただろう。
「じゃあ用も済んだし、もう行くとするか」
「うん」
「詳しいことが気になるッスけど、それはまた後日ってことで」
「別に喋るな、とは言われてないから話してもいいぞ」
「いや、いいッス。あ、そういえばちょっとした頼み事があるんスけど受けてくれないッスかね」
「ふーん、そうか。じゃあな」
「じゃあ、また会いましょー。ロッテさん!」
「ええ、ちょっと待ってくださいッスよ」
 頼み事、ね。こいつの忙しいとやらに関係するんだろう。俺には関係ないがな。
「おっす、ロッテ。って、あんたら誰だ」
 そんなことを考えていると、後ろから怠け女を呼ぶ声が聞こえた。声はかなり若い。
 後ろを見ると十代後半くらいの黒髪の男が立っていた。
 特徴らしい特徴は無く、強いて挙げるならば意志の強そうな、悪く言えば生意気で我が強そうなそうな目つきをしている。
 生意気そうな男は、首にかけてあるゴーグルの位置を乱雑にいじっている。
 頭が悪くて勘違いが多そうだ。仲間にすると面倒な気がする。
「ああ、アルドロ君じゃないスか。相変わらず素敵にアホ面してるッスね」
「おう、まあな。……じゃねえよ! アホでもないしバカでもねえ!」
 どうやら黒髪の男、アルドロというやつはロッテの知り合いらしい。
「なんだ知り合いか。ちゃんと躾しとけよ」
「そうッスね。ただ彼はバカッスからしばらく猶予期間をくれるとありがたいッスね」

「彼氏か何かか?」

「いえ、犬畜生の類ッス」
「おい、お前らちょっと待て!」
 ロッテに乗り、軽口を重ねるとアルドロは面白いようにはしゃぐ。単純なやつだな。
「……まあいい。知ってる知ってる。いつものことだろ……。ところでロッテ、俺とガチなマジ訓練してくれるやつは見つけてくれたのか?」
「訓練するの?」
 ファルが尋ねる。
「ああ、そうだ! この俺、アルドロ・バイムラートは強くなるために猛者の集いしナイツロードに入ったからな!」
 アルドロは胸を張り、幼女に自分の野望を吐き出す。
「さっき言った頼み事っていうのは、このアルドロ君の訓練相手になってもらえないか。ということなんスけど」
「却下だ」
「やっぱりそうッスよねぇ……。ということでアルドロ君。残念でしたッスね」
 ロッテもダメ元で聞いたらしく、特に落胆した様子もない。まぁ、そうだろうな。そこそこ付き合いも長いから、それくらいのことはわかっているだろう。
「ふっふっふ。あんたビビってんだな? 顔も名前も知らない俺に、訓練と言えどもコテンパンにされるのがよ!」
 何だかよくわからないが、すごい自信があるようだ。それともこれは挑発なのだろうか。
「顔も名前も知ってるが」
「う、うるさい! いいから黙って俺と男らしく勝負しやがれ! いや、むしろしてください!」
 叫んで挑発してくるかと思えば、いきなり直角な礼をしてきた。
 ひどく愉快な男だ。
 ロッテにどうにかしてもらうため、目線を送るが、ニタリと笑われるだけだった。苛つくやつだ。
「面倒だからいい。一人でやってくれ」
「こ、この玉無し野郎! それでも男か!」
「ああ、確かに玉は無いが俺は男だ」
「えっ?」
 俺は訳あって四肢と内臓がいくつか無い。そして棒はあるが、玉の機能は死んでいる。生殖機能が無いのは事実だ。
 視界の端ではファルはキョトンとして、ロッテは笑いをこらえていた。まぁ、笑うよな。だって玉が無いんだから。
 ……それにしても失礼な女だな。
「え、あ、それマジなの? ……何か悪い。すまん」
「まあ、気にするな。事実だ」
「お、おう」
 アルドロはさっきまでの勢いが嘘のように消えて、萎んだ風船のようになってしまった。
 やはり玉が無いのは、衝撃的だったんだろうか。
 単純だがアルドロという男は、意外といいやつなんだろう。
「いや、そんな、こう、なんていうか。……すまん」
「そこまで気を落とすな。俺は気にしてない。まあ、訓練に付き合うのは嫌だがな」
「そ、そっか。ありがとう。……そういやまだ自己紹介もしてなかったな! 俺はアルドロ・バイムラート! レベルはCだ!」
 しょぼくれ具合も直ぐに治り、最初の騒がしいテンションに戻った。
「俺はジョニー・ベルペッパーだ。好きなように呼んでくれ」
「よろしくな! ジョニー!」
 馴れ馴れしいなこいつは。
「ジョニー! 玉無しってどういう意味なの?」
 すると横からファルが素直な瞳でまたえげつないことを聞いてきた。ので、
「それについてはそこのアルドロってやつの方が詳しいぞ」
「そうなんスよ。アルドロ君は玉無しのスペシャリストッスからね」
「え、おい。やめろお前ら」
 子どもの興味の犠牲者をアルドロに押し付ける。少しは玉無し呼ばわりした報いを受けるがいい。
「アルドロー。玉無しって何?」
「いきなり呼び捨てかよ。……玉無し、玉無し。玉無しっていうのはなあ!えっーと! あっーと!」
 頭を抱えて全身をくねらせ、何とか言い訳を出そうとするが、まったくいい案はなさそうだ。
 チラリと目線でアルドロ救援信号を送ってきたが、微笑むだけの応援にしておく。
 ロッテの対応も似たようなものだ。
「く、くそ! 非情なやつらだ!」
「?」
 こっちに向けて憎々しい目で見つめるアルドロ。しばらく考えて、何かを思いついたかのように顔を上げる。
「ふっふっふ。なあ少女。お前の名はなんだ?」
「ファルルーナだよ。ファルって呼んでね」
「ファル。何かを得るには何かを代償としなければならない。……つまり、玉無しという言葉の意味が知りたければ、俺と勝負しろ!」
 自信満々に何を言い出すと思えば、子どもに勝負を持ちかけ始めた。先延ばしと言えば先延ばしだが、アルドロが勝てば答えなくてもいいことになる。
 悪くない考えだろう。
 何かアルドロの得意分野で挑めば勝率はかなり……
「勝負内容は模擬戦だ! 相手を殺さずに、負けを認めさせれば勝ちだ!」
 バカかこいつは。
「バカかこいつは」
「バカかこいつは!?」
「そんな子供に漬け込んで自分の目的だけ達そうとは、お前はどうしようもなくバカだな」
「あっ」
「相変わらず周り見れてないッスね」
「うぐっ」
 見ず知らずの子供――とは言っても戦闘能力はかなり高い――にいきなり模擬戦を提案するとは。
 すごい、バカだ。
「いいよ! アルドロ、弱そうだし!」
 ……まあ、ファルはファルで素直に受けるとは思ってたよ。
「よ、弱そう……。」
「実際、下手すると死ぬぞお前」
「は? んなわけないだろ? 流石にこんな子供に負けるわけがねえよ」
 アルドロは『弱そう』と言われて一瞬落ち込んだが、俺の一言で舐められていると思ったのだろう。すぐに復活して舐めた顔でファルを見下す。
「レベルB-」
「へ?」
「それが今のリミッターを付けた上でのファルの実力だ」
 はっきり言って驚異的だ。技術もなく、抑えられている力でこれは、とんでもない。
「いやいや、ジョニー。それは冗談だろ」
「マジだ」
「いやいや」
 アルドロは信じられない様子でファルを見る。まぁ気持ちはわかる。今のファルの様子だけ見ればただの子供だ。
「マジッスよ。リミッター無し状態なら雑魚ドロ君なら瞬時にミンチになるッスね」
「ふ、ふーん、なるほどな」
 納得したように頷くアルドロ。
 ファルの戦闘へ対する精神性がわかるまでは、あまり戦わせたくはない。なまじ、現状のファルより弱いなら尚更だ。
「お前らまた俺をからかっているな?」
 しかし、アルドロは望んでいない方へ自分だけで勝手に納得してしまったようだ。馬鹿だ。
「おい、ロッテ。こいつを何とかしろ」
「思い込み激しいので、梃子で曲げても曲がらないッス」
 今まで散々とアルドロに振り回されていたようで、ロッテは既に諦めている。
「ファル、やめとかないか? アルドロは多分撫でただけで死ぬぞ?」
「死なねえよ!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 手加減は得意だから!」
 そういえば先日ファルは話してたな。村にいたとき、大人の魔族と『遊んでた』とか。
 ……まぁ、最悪、腕が千切れてもすぐならくっ付けれるだろうし、大丈夫だろう。多分。
 死んでもどんまいだ。
「よっしゃ! ファル! 俺と勝負だ! 訓練場に行くぞ!」
「もっちろんいいよ!」
 アルドロは意気揚々と訓練場に向けて走りだした。


 と、思いきや振り返り、
「訓練場ってどこだっけ?」
 と間抜けな様子で聞いてきた。

 アルドロはやはりアルドロなのだろう。見るからに馬鹿だ。

 

 

次回はVSアルバカです。

ついでにこれ一応、二章です。