駄文その2

いつかの駄文の続きです。

 

 俺は何故か、家(決して自宅ではない)の庭で棒切れを持ち、おっさんと対峙していた。
 少女にヘルプの視線を送ってみるが、愛らしい笑みが返ってくるだけだ。
 うん、お兄さんがんばる。今、子供だけど。
 おっさんは動かない。多分、俺から動くのを待っているのだろう。
 ……ここで、ジリジリと後ろに下がり、逃げ出したらどう思われるのだろうか。
 もちろん男として、振られた勝負から逃げるようなことは極力しないが、少し興味が湧いた。
 そう、これは戦術だ。後ろに前進するという斬新な戦法だ。おっさんにこれが読めるかな?
 俺は一目散に逃げ、いや、後ろに走り出した。
 しかし、回りこまれた。
 おっさんは音もなく、残像を残しながらスライドして回り込んできた。
 達人か、達人なのかおっさん。戦いたくないよ。
 少女を見る。明らかに応援してる感じのフォームだ。
 おっさんを見る。自然体で、和やかな雰囲気だ。
 手加減してくれそうだし、いっちょやってみようか。
 多分、これは修行なのだ。おっさんは弟子とかが欲しくて、俺を拾ったのかもしれない。
 ならば、この試練、立ち向かうことが男の義務だ。
 よし、行くぞおっさん。
 覚悟を決めた俺は、持った棒切れをおっさんに全力で投げた。
 俺はそのまま棒の行方を確認せずに、おっさんに向かって全速力で跳んだ。
 おっさんは軽々と棒切れを受け止めていた。
 その余裕が命取りだぜ、おっさん。食らえ、俺のサンドスプレッド!
 俺は、手に握っていた砂をおっさんに投げつけ、そのまま横に回転して頭を蹴り付けた。
 しかし、おっさんは達人だった。
 刹那の間で俺のサンドスプレッドを一つ残らず、手で摘み、俺の蹴りを棒切れで優しく受け止めたのだ。
 化け物か、このおっさん。
「プギモフっ!」
 蹴った後のことを考えてなかった俺は、そのまま地面に落ちた。
 俺はすぐに立ち上がり、構える。
 おっさんは相変わらず動いてない。
「……ちったぁ手加減しろよなぁ」
 おっさんは、ひ弱な俺を見かねてか、棒切れを返してくれた。
 いいのかい、おっさん。俺はここにくる前は剣道部だったんだぞ? 本当にそうっだったかは知らないが、今決めた。俺が決めた。
 俺は大きく踏み込み、全力で突いた。
 あっさり避けられる。
 切り上げる。
 避けられる。
 振り下ろす。
 避けられる。
 ……ちょっと、おっさん大人気ないんじゃないの。俺、子供。おっさん、大人。勝てるわけないだろ。
 しかし、俺は如何せん男である。男には、避けられない戦いもある。
 故に、俺はおっさんに向かって当たるまでこの棒切れを振り続ける。
「ぬおらあああああああ!」
「――」
 俺先生の次回作にご期待ください。


 結局、俺は、おっさんに見も心も散々に弄ばれただけだった。


 お、今日の晩飯はカレー(多分)か。辛口にしてくれ。甘口なんて、情けないことは言わない。
「辛口で。レベル10くらいで」
「――?」
 要望を差し出してみるが、当然通じない。知ってた。
 三人が食卓につき、食事を取り始める。
 どうやらこの世界には、『いただきます』を言う習慣がないようだが、日本男児の俺はもちろん言う。
 食べ物に感謝することは、生ける者として大事なことだ。
 ……ふむ、今日のカレーは鶏肉(多分)か。我が家はいっつもビーフカレーだったな。記憶はないけどそうだったに違いない。
 ふんふん、甘口か。辛さがないとカレーって感じがしない。
 でも、このカレーは美味いな。優しい味がする。とってもフレグランス。
 美味いよ。尖り耳少女。
「――!」
 俺が美味そうに食べるのを、ニコニコして本日の料理人である少女。実にかわいくてグッド。愛らしいぞ。
 おっさんも豪快にカレーを食っている。バキュームカーの如く、カレーを胃に吸い込んでいる。
 ……って、のんきにカレー食ってる場合じゃないだろ俺。
 なんで当たり前の顔して、家族団欒の輪を作り出しているんだ。
 俺がこの家に来てから、三日は経っているんだぞ。
 なのに、未だにこの二人の名前を知らないというのは、馬鹿にもほどがある。
 そう、俺たちは出会って一週間も経つというのに、自己紹介の一つもしていないのだ。
 言葉の壁があることは確かだ。しかし、名前くらいはボディランゲージを使うことで、伝え合うことができるはずだ。
 レッツ、自己紹介!

 俺の名前ってなんだっけ。
 そう、俺は記憶喪失だった。言葉の壁以前に、俺には名前がなかった。
 俺は諦めることにした。
 自己紹介ができないなら、二人の会話からそれっぽい名前を探すことにしよう。
 


 あれから半年が経ち、二人の名前に確信を持つことができた。名前を知るだけでも相当な時間を必要とする。異世界転生は地獄だぜ。
 少女の名前はリルシャ。
 おっさんの名前はイゾウ。
 俺の名前はいつの間にかゼンジに決まっていた。
 異世界感がない和風ネーミングだった。お米食べたい。ちなみにお米は普通に食卓に出る。食料事情は豊かなのだ。

 俺はようやく二人の喋る内容を完璧とまではいかないが、理解できるようになってきた。
 この一年、結局住み込んでしまったが、それはもう仕方ないことだと思っている。
 この二人は何故か俺に十分に愛情を注いでいることがわかるし、ここは俺だけではどうしようもない世界だとわかったからだ。
 というのもこの世界、魔神世界バルタイナムは魔族が支配する世界とのことだ。
 そしてこの二人は、魔族であり、この世界における魔王の一人の配下らしいのだ。
 魔族、魔王。なんとも禍々しい響きではあるが、この世界の魔族や魔王は特別に邪悪な存在ではないようだ。
 だが、魔族というものは基本的に戦闘を好む性質があり、喧嘩を積極的に売買するのは当たり前。
 見物人も好んで煽るという有様だ。
 そんな世界で、幼くか弱い存在の俺が外を一人で出歩いたらどうなる?
 無残なボロ雑巾に早代わりだろう。
 ということで俺は、俺含め三人での生活に馴染んでいったというわけだ。
 ここ一年でのいつもの日課は、おっさんこと鬼のイゾウとの修行だ。
 イゾウさんは、このバルタイナムにおける魔王の一柱ゼギナジャ・エギトルナスの親衛隊だった過去を持つおっさんだ。
 それはもう、すさまじく強い。
 毎日毎日俺は飽きずにこのイゾウさんに真正面から……ではなく、ふと思いついた奇策をバンバンぶつけていっている。
 修行が終われば、エロエロロリっ子(別にエロくない)リルシャたんが腕によりをかけて作る料理の数々を食す。そのレパートリーは和食、洋食、中華もなんでもござれといったところだ。巨大な蟻の丸焼きが出たときは正気を失い、イゾウさんの髭を毟りとってしまったが、今ではそれも笑い話だ。

 毎日が平和だ。修行して飯食って。修行して飯食って。修行して、飯食って、しかしてないな俺。
 家から外にもまったく出てない。運動はしてるが、完全に引きこもり状態だった。