夏色ロード1

えぱにま15の後ですね

 

 ギラギラとした熱線が肌を焼き、潮の香りが鼻を通り過ぎる。

 一面の海と照り付ける太陽を前に、青白いくせ毛を揺らしながらエレクは叫んだ。

「海だーーーーー!」

 幼い顔立ちをより一層子供らしく輝かせ、弾けるように海へ駆け出す。

 エレクはそのまま、海へ大きく跳躍し、勢いよく水面に飛沫を散らした。

「ちょっと! 荷物置くの手伝ってからにしなさい!」

「まぁ、いいじゃないか。久々にみんな揃ったんだからさ」

「そ、そうね。レイドがそういうならそうね!」

 嗜めるレイドの言葉に、あっさりとルナは流される。

 レイドに気を取られたルナは、エレクのこともすっかり忘れて、今日の水着はどうだとか、レイドの水着姿はきっと素敵だ、最高だなどとのぼせ上り、荷物を置くことなどしっかり忘れていた。

 その後ろでは毎度のごとく、はしゃぐ皆を差し置いて、一人で黙々と荷物をさばいている。

 彼ら、デュランダル隊が来ているのは、ナイツロードのバルツン支部保有する海水浴場だ。アクセスも容易な為、ナイツロードに所属するものの中では、人気の休暇の過ごし方である。事実、エレク達とも顔を合わせたことのあるような人物もちらほらと見かけられる。

「わりいわりい、ついはしゃいじゃってさ!」

「……いや、いいんだ」

「今日くらいは隊長さんもテンション上げてこーぜ! な?」

「お、おう」

 水面からあっという間に戻ってきたエレクは、海水を滴らせながらグーロと共にビーチパラソルを立てる。始めてしまえば、文句もなくテキパキと楽しそうに手を動かしている。

「ルナとレイドも手伝えよ!」

「あんたが先にどっか行ったんでしょ」

「はっはっは、今日くらいはその憎たらしい小言も許してやるぜ」

「……」

 無意味に両手でサムズアップするエレクに、ルナはため息をつきながらイルカ型の浮輪を、膨らませ始めた。

「なぁ、他のみんなはいつ来るんだ?」

「どうだろう。僕らより先に来てるからどこかにいると思うけど」

 各々が持ち寄った浮輪やビーチボールの準備を終える頃に、エレクは知り合いの姿を見つけた。

 相手もエレク達の姿を見つけたようで、手を振ってくる、こともなく、狼に追われる鹿のようにこちらへ駆け出してくる。

「エレク殿! 助けてでござるよ!」

「おら! 待たんかバシュ! ワシの酒が飲めんというのか!」

「ヒーッ」

 一升瓶を片手に、筋骨隆々の大男に追われる、サムライ風の男はエレクの元に辿り着くなり、その小さな背に隠れた。

 この二人はナイツロード所属、というわけではない。彼らは勝手気ままな旅人であり、先日のエレク達の任務を手伝った流れで、ナイツロード本部に滞在しているのだ。

 世話になったということもあり、共に休暇を過ごすことを提案したら乗ってきたということだ。

「よっ、バシュじゃん。元気そうで何より」

「エレク殿も壮健のようで何より……。などと挨拶をしてる場合ではないでござるよ! リンショウ殿を止めてくだすって!」

 混乱のあまり、口調も変わり始めたバシュを尻目に、エレクは自らの相棒にアルハラをする大男こと、リンショウに目を向けた。

 だが、こちらに来ると思われたリンショウだったが、ふと目に入ったグーロへ矛先を変えていたようだ。

「ただでさえ騒がしいのに、酒を飲むと倍増でござるよ……」

「飛び火してるんだけど、止めなくていいのか?」

「ん? ああ、グーロ殿なら大丈夫でござるよ。ウム」

 暑苦しく肩を組もうとするリンショウに、抵抗できずにいるグーロはエレクへ視線を向ける。

 あれは困っているときの表情だろうと、エレクは察知する。短くはない期間を共にしたのだ。強面の顔を更に強張らせた表情は、お世辞にも弱気なものには見えないが。

 バシュはそれに気づくこともなく、グーロとリンショウの方を見て、男の友情だなんだとブツブツ呟いている。彼はそういう人の感情の機敏に鈍いところがあり、的の外れた考えを持つことは少なくない。

 ただ、エレクもそれを指摘することはない。下手を踏めば、自分もあの筋肉と汗と酒に揉まれることになる。エレクはグーロから視線を外した。

 エレクを呼びかける声がした気がするが、気のせいということにする様子だ。

「なあ、バシュ。あのー、……ゼファードさんは?」

「ん? ああ、ゼファード殿ならあっちの方で酔い潰れて爆睡でござるよ」

「えぇ……」

「結構、粘っていたんでござるが、流石にリンショウ殿には届かずで」

 ゼファード・アルゼアス。

 先日の任務で疾風のごとく、颯爽と現れたその男はエレクの兄らしい。

 記憶喪失のエレクにとっては、今の重要人物筆頭である。

 少々、緊張しつつ所在を聞いたエレクだったが、残念なようなほっとしたようなもやに包まれたような気分になった。

「故郷を失ったゼファード殿にとっても、家族との再会はめでたき事でござろう。ついつい舞い上がって酒を飲み過ぎるのもしょうがないでござるよ」

「あー、まぁそうかな」

「なんだか歯切れが悪いでござるね?」

「なんか、いざ自分の過去が聞けると思うと、めっちゃ嬉しいけど……、あー! よくわかんねえ」 

 頭を搔きむしり、どうにも居心地が悪そうにするエレクの肩に手をかける。

「エレク殿が過去に何をしてようが、エレク殿はエレク殿でござるよ」

 フフンと鼻を鳴らしながら、バシュは得意げに言うが、

「いや、そりゃそうだろ」

 とエレクは一蹴する。

「拙者、今結構良いこと言ったでござるよ。名言なり」

「当たり前のことをそれっぽく言えば全部名言だろーが」

「……いぢわる」

「そーだよー? 俺はひねくれってからなー?」

 二人は共に意地悪くニヤリと笑った。

「うむ、ならば拙者がその根性を叩いて磨いて直すでござる。いざ尋常に勝負にござる!」

「受けてたつぜ!」

 考えても仕方がないのだ。

 そういうことにしたエレクは、過去云々の問題は置いといて、目の前の他愛もない今を楽しむことに全力を尽くすことにした。

「まずは水着に着替えないとな」

「既にずぶ濡れでござるけど……」

「……つい、はしゃぎすぎて」

 彼らの休暇は始まったばかりだ。