夏色ロード2

 

 

 ビーチのすぐそばのカフェテラスに三人の若者が集っていた。

 ほぼ真上に登りだした太陽に、身を焦がされることはなく、等間隔にある木の木陰で厚さを凌いでいるようだ。

「おい」

「……」

 誰かを待っているのか、熱気と退屈に根を上げた一人が、空中に声を飛ばす。

「おい、てめーーだよ! 犬ッ!」

「いだっ、んだよ、テルモ

 竜人の少女テルモが、狐獣人の少年ダンツに苛立ちをぶつける。

 彼女の暴力的な態度には、少年も散々被害に合ってきたため、多少の耐性は出来ている。

 しかし、先ほどから露骨に苛立ちを隠さないテルモには、流石のダンツと言えどもうんざりしてきていた。

「なぁぁぁんで吾輩が、こんな、ことを、しなくては、ならんのだ」

「知らないよ……。ていうかそんなに嫌なら参加しなければいいだろうに」

 メトロノームが刻むような均一のリズムで、ダンツの脛を蹴り続ける。

 椅子をずらして回避を試みるも、無駄に筋力のある尾でテルモも負けじと脛に追いすがる。

「やめてくださいテルモさん。蹴るなら私の脛にしてください」

「その言い方は誤解を招くと思う……」

 執拗な脛蹴りを見かねた黒髪の少女が庇うようにダンツの前に立った。

彼女の名はシオン。そして、彼ら三人は同じ部隊の仲間であり、望まぬ休暇の予定を立てられた者たちだ。

 昼に食べたホットドッグのケチャップを口の端につけながら、毅然とした態度で立ちはだかるシオンの姿に、テルモは眉間のシワを更に深くした。

「マヌケか?」

「え? ……あぁ!」

 テルモの冷やかすような目線に気づき、シオンは当てずっぽうに口の周りを指で拭った。

「ありがとうございます」

「優等生って返答だな。ムカつくわ」

「あのさぁ、結局のところは自分でやるって決めたんだからさぁ」

 指についたシオンを見ながら、誰彼構わず当たり散らす彼女への苦言を漏らしてしまうダンツは、すぐさまテルモの見開かれた目に睨まれ、失言を犯したことに気づいた。

「うるせーーー! 知らねーーー!」

「ぎゃあああッ! 耳が引き千切れるっ!」

「ああっ! テルモさんやめてください!」

当然、ファーストフードより早く出てくるテルモの暴力に襲われることになる。

生き別れそうなツンと尖った狐耳を、シオンとダンツが引き留めていると、

「やぁ、すまないね。待たせた」

 シルクのような艶を持つ、腰まで届きそうな白髪の女性が彼らの間に割って入った。

 彼女の登場にテルモは脚を止めて、不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「隊長!」

「おい、フィリアス」

「お前もちょっとはシオンの態度を見習ったら? ……ストップ、わかった、俺が悪かったからその拳は静かに下ろしてくれよな」

「黙ってろダンツ。で、吾輩達はなんでこんなところにいるんだ?」

 中性的な顔立ちを柔らかくしながら、彼ら『G-clef』の隊長であるフィリアスは、手に持った紙袋を渡してこう言った。

「海に来たんだ。当然、泳ぐに決まっている」

 シオンは渡された紙袋の中身、つまりバカンスに来た能天気な人々が着るようなフリフリな水着を見て首を捻った。

「あの、フィリアスさん……」

「ああ、もちろんわかっている。もちろん私達は単に遊びに来たわけではないよ」

 そう、彼らは休暇でここに来たわけではないのだ。

 支部が存在するバルツンという街は、ナイツロードの影響がかなり強い。様々な事業がナイツロードの息がかかっていることは、この街に住む者には常識だ。

 今回の任務は、バルツンの臨時の見回りであると三人は聞いていた。何でも、この街にやってくる不審な魔族がいるとのことで、一時的に人員を割くという話らしい。

「もしかしなくても、俺らの担当ってビーチ周りってことですか?」

「もしかしなくても、そういうことさ。さ、着替えた着替えた」

 ある一人は、隊員の水着姿に内心、心躍らせて、

 ある一人は、装備としては、防御力の低そうな水着に疑問を持ち、

 ある一人は、露骨な舌打ちをしながら、

 三者三様に真夏の海に繰り出すことになってしまった。