「わらひはですね、思うんですよ。この世の中の不条理的なやつを」
「突然なんなの」
昼下がりの酒場に男女がテーブル越しに向かい合い、気怠そうに言葉を交わしていた。
捻じ曲がった二対のツノを頭に持ち、栗色の毛に覆われた獣人の少女は、あくびを隠さないままに話を繋げていく。
「いやね? わらひとかって元々、めちゃくちゃに善人だったわけじゃないですか」
「めちゃくちゃに善人は悪の組織に加担しないんじゃないの」
緑色の肌の少年の身もふたもない返しに、やれやれと肩をすくめる少女は皿の上で山盛りになった芋のチップスに手をつける。
「いやいや、善人は善人でも凡人の凡人ですから」
「やってることはめちゃくちゃ悪人でしょうが」
「これは泣く泣く脅されてしょうがないからってやつですよ。いわば、わらひとか、ザムザムは弱者故に仕方なく悪に染まってるっていうか」
「ザムザムっていうのやめて」
バリバリとチップスをかじり続ける獣人の少女に、ザムザム、ではなくザムザはため息をついた。
「今更さぁ、そういう善悪とかよくない? こうやって仕事の合間に適当にダラダラできたらいいじゃん」
「それもまた真理ですなー」
「適当ー」
ヘラヘラと笑い合う二人。だが、お互いに空虚なモノを感じ取っていることは確かだった。
ザムザは魔族であり寿命は地族に比べれば圧倒的に長い。それに対して、獣人の少女のケムルコは地族である。魔族に比べれば、瞬きするほど直ぐに終わる一生だ。
魔の派閥の軍門に下って過ごした時間は同じくらいだが、彼と彼女では時間の価値が違う。先の長いザムザでさえ、虚しさを感じているのだ。余生の短いケムルコならその感覚も余計に強いだろう。
「あー、仕事やめたいですわ」
「……冗談でもそういうこと言うとマズイって」
「才能溢れたいですわー」
「それはわかる」
自分たちが世界的見れば悪だという事は、わかっているつもりなのだ。
でも、魔の派閥に裏切りは許されない。自分たちがここから抜け出す術はない。故にどうにか今に満足するしかない。
二人は魔法の才能を、希少な才能を持っている。だからと言って特別な存在ではなかった。
見上げれば空が延々と続くように、自分たち以上の才能の持ち主も無数にいる。
どうしようもなく、行き詰まっていた。
「へい、酒じゃ酒じゃ、酒持ってきてくださいよー!」
「……」
「止めないんです?」
「ぼくも飲むんで」
「わー、仕事中に飲酒って」
「いいんだよ。悪人なんだから」
満足できないなら満足できないなりに人生を過ごすしかない。
二人は並々とエールが注がれたジョッキをぶつけ合った。