トレックとバルタウ

 ゆらゆらと白い人型が幾つも立っている。
 それは人型ではあるが、確実に人ではない異形だとわかる。
 なぜなら、彼らには不気味なほどに特徴がないのだ。
 顔に目の代わりであろう、黒く濁った水晶体が一つある以外は何もない。
 無味無臭で無機的かつ無感情。
 そしてあらゆるものに無関心である。
 雲一つない心地よい快晴には似合わないその無面の異形達は、自分達とは違う異形へと濁った水晶を寸分の狂いもなく向けている、
 違う異形、それは一見すると少女らしい背丈と顔立ちをしている。
 肌と頭髪は作り物のように滑らかな白だ。
 目は常夜灯のようにぼんやりとしたアンバーで無感情ではあるが、そこには確立された意志が感じられる。
 そして最も少女を異形たらしめているのは、ぬめりとした黒いゴム質の手足と腰から生えた太い二本の触手である。
「旦那、来ねえってよ」
 少女の後ろから声をかけるもう一人。
 干し肉を噛みちぎり、深い緑に血のような赤が入り混じったセミロングを乱雑にかきあげ、不機嫌そうな黄金色の目で少女を見下ろす。
 他の異形と比べれば、特異な点は赤黒い筋が入った尾のみである。
 この集団の中では、まだ標準的な人種であるように見える。
「うん」
「でー? こいつら、どうすんの?」
「たたかわせる」
 たどたどしく、淡々と女の軽薄な言葉に返事をする。
「こいつらちゃんと戦えんのかね」
 赤と深緑の女は無面の異形をすらりと伸びた脚で小突き回すが、異形はどこ吹く風と言わんばかりに白の少女を見つめる。
 しばらく、無面の異形にちょっかいをかけるが、あまりの手応えのなさに女は飽きたのか、瓦礫に腰を掛けた。
「ナイツロード」
「あ?」
「きてる」
「英雄機関の下っ端か。丁度いいんじゃね?」
「うん」
 露出が多い服で数少ない収納スペースに入った干し肉を齧り、端末を手の平で弄ぶ。
 無面の異形が映る端末をチラリと見て、口元を三日月の様に歪ませた。
「退屈凌ぎにはなりそうだな」
 女は獣のように嗤った。


 

 


 四界陸の一つであるパンタシアは高度な魔法文明が発展している。
 どの国も魔力を元にした技術を用い生活を成り立たせ、魔法を便利な道具として扱ってきた。
 原始的で伝統的なマギーア界陸に比べ、パンタシア界陸は他界陸の技術も取り込み、より汎用的な魔法を作り出してきた。
「にしてもすげー傷跡だな」
 ブレイカー隊第六班所属トレック・アットルースは、大地に残る巨大な傷跡を見てそう呟いた。
 そこはかつては山だったのだろうが、巨人が縦に一閃したかのように二つに割れていた。
「いつ見てもすげーなー」
「飽きないねー」
「飽きてる。暇なんだよ」
「やっぱり?」
 退屈そうにあくびを咬み殺すトレックの隣にある岩に一人の獣人が座った。
 茶色の毛に覆われたウサギを丁度人型にしたような男だ。
「バルタウさー」
「何?」
「模擬戦でもしねえ?」
「それはお断り。口を開けばすぐそれだ」
「だって鈍っちまうぜ。なーんにもねえんだもんよ」
「何もない方がいいよ」
「とは言っても、やったことと言えば歩き回って飯食って寝るくらいだぜ?   平和も過ぎれば毒ってもんだ」
「相変わらず過激だなあ」
 トレックはそう言って小柄なバルタウを乗せた岩を持ち上げてスクワットを始める。
 トレック達が所属するブレイカー隊がルバータ王国跡地に訪れてから六日が経つ。
 一人の剣士による国家滅亡事件が起きた土地として記憶に新しい。
 河川が切り刻まれ、山々は切り崩され、野晒しにされた遺骨がまばらに散らばる。
 ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた土地には、魔道具製造にうってつけの鉱山くらいしか目ぼしい物はない。
 それを狙う不貞な輩が訪れるため、英雄機関の指示の元に定期的な巡回が行われているのだ。
 トレック達が所属するブレイカー隊はその巡回に駆り出されているということだ。
 戦闘が多い土地と聞き、最初は興奮して夜も眠れないトレックではあったが、何も無いままに一週間が経とうとしている。
 熱も冷めるというものだ。
 今では暇を潰すために、負担になりすぎない程度のトレーニングと苦手なトランプに誘われて翻弄されるかくらいのことしかしていない。
 トレックは頭上に登る太陽を目を細めながら見つめ、また一つあくびを噛み殺した。
 しばらく、時間潰しのスクワットを続けていると二人に声がかかる。
「トレック、バルタウ、班長がお呼びよ」
「ん? 何かあったのか」
「さあねー、マルチナさん知ってる?」
「来ればわかる。さっさと来な」
 マルチナと呼ばれた女性は、それだけ言い捨てると足早に元来た道を戻り始めた。
「やーな感じ」
「こらこら」
「わかってるって」
 トレックは担いだ岩を隣に置いてから、バルタウと共にマルチナの後を追った。
 周りから目立たない森の中に、彼らの拠点はある。
 定期的に作戦が行われる土地として、最低限の住処がナイツロードの手により築かれているのだ。
 電気や水道も使えるようになっており、食料もある程度の備蓄が用意されている。
 ただ、流石に転移装置などの高価なものはなく、簡易的な通信設備くらいが存在するくらいだ。
 その森に隠れたベースキャンプの一室にトレック含む、第六班の面々が集められた。
「む、来たか」
「ただいま到着しました」
「待たせたなおっさん」
「おっさんではない。班長と呼べ」
 トレックの軽い態度に苛立つ様子もなく、淡々と訂正を入れるのは痩せ身の男だ。
 男は紙タバコの煙をぷかぷかと浮かせながら深く息を吐き、こう言った。
「VICEらしき影が確認された」
「……どこのやつらかしら」
「おそらく、『死』に属するやつらだと聞いた。確証はないが、以前に似たような魔力反応を観測したデータがある」
 VICE。
 この世界、ユースティアの支配を目論む侵略者達のことだ。
 彼らが所属するナイツロードはもちろんのこと、ユースティアに存在するほぼ全ての国と敵対する邪悪そのもの。
 ユースティアの人々とVICEの戦いは百年もの間、繰り広げられている。
「最悪ね……」
「よりにもよってそこかぁ……『魔』とかの方がマシだよ」
「へへっ、面白くなってきたじゃねえか」
「冗談じゃない! 僕的には一番関わりたくないよ」
 バルタウは苦汁を舐めたように顔にシワを寄せて両手で頭を抱える。
「以前の任務、忘れたの!?」
「ああ、ゴミ捨て場のアレな。やばかったよなー」
 それはゲオメトリア界陸のスクラプズ地帯の『掃除』に行った時のことだ。
 長年に渡り違法な廃棄物が不法投棄され、異様とも言える生態系が存在するゲオメトリア屈指の魔境だ。
 そこには、異形へと進化した危険な人造生命体が繁殖し、溢れ出た怪物達が周囲の人間を殺し尽くすという事件が度々起きている。
 その怪物を駆除する仕事は、ナイツロードにも回ってくるのだが、これがまた厄介ものだった。
 怪物が五感に訴えかけるもの、その全てが不快極まりないのだ。
 黄色い体液が青白い血管の浮き出た剥き出しの肌を生々しく濡らし、不揃いな歯並びから形容し難い腐臭を漏らす肉塊との戦いはバルタウの生理的な許容範囲を明らかに超えていた。
 特にキツかったのは臭いだ。
 獣の割合が多い獣種であるバルタウは無種の人間よりも鼻が利く。
 清潔感という概念を持たないのか、怪物達は汚物まみれでとにかく臭う。
 バルタウとしては、そんな醜悪で吐き気を催す怪物達をわざわざ作り出すという『死』の派閥関連の任務は絶対に関わりたくないと誓ったのが二ヶ月前だ。
「たしかにめちゃくちゃグロかったけど、敵としては面白かったぜ?」
「うそでしょ」
「あの触手をドバッと出すやつとか斬新だよな」
 理解を示しつつも、理解し難いことを平然と、なんなら楽しげに話すトレックにバルタウは硬直する。
「これだからバカは……」
「とにかくだ、やつらにどういう目的があろうと放っておくわけにはいかん。すぐにでも討伐する必要がある」
 三者三様の反応を見ながら、班長であるザックは淡々とこれからについて話す。
「そこで、我ら第六班は一、二、三、四班のバックアップに入る。彼らが目標の殲滅を行う間、周囲の警戒に勤め、不意の事態に備えることになる」
「了解」
「承知したわ」
「りょーかい、要するに黙って見てろってことかい……」
 すんなりと了承する二人に比べ、トレックは不満を隠さずにはいられないようだ。
「トレック! あなた、舐めてるんじゃないの?」
「舐めてねえって、そりゃあ残念だけどよ、別に言うこと聞かないわけじゃねーよ」
「……ッ!」
 二人の間に閃光が迸り、今にも殴り合いが始まりそうな状況になる。
 犬猿の仲であるトレックとマルチナは散々、こうやって喧嘩をするのだが、バルタウとしてはたまったものではない。
「わー! ちょっとストップストップ! 班長も見てないで止めてくださいよ!」
「では、次の命令があるまで待機するように、解散」
「班長!?」
 一縷の望みをかけて班長に助けを呼びかけるが、その望みは蜘蛛の糸の様に容易く切れてしまう。
 睨み合いを続ける二人を目の前にバルタウは止めることも諦めて、ため息をただただ深く吐くのであった。

トレックとジョニー

 

 

 身の丈を超える剣が空気を裂いた。
 汗と吐息が白い煙と化し、散り散りになる。
 剣を持ち上げ、振り下ろす。
 何かに執着するように、ただただ見えない何者かを男は切り続ける。
 男はくすんだ白髪に狼の耳を生やし、頭髪と同じ色をしたさらりとした尾も生えている。
 汗ばむ肉体は若くしなやかな筋肉に覆われていることが見て取れ、普段からかなりの修練を積んでいることがわかる。
 精悍ながらまだ幼さを残した顔つきで、目の色は星を思わす黄金色だ。
 男、つまりトレックにとって早朝の鍛錬は生活の一部だ。
 日常の一部である愛刀の素振りは、どんな日にも欠かしたことはない。
 傭兵団ナイツロードの本拠地、海洋上に浮かぶ巨大なフロート『レヴィアタン』。
 生活施設を一通り揃えた『レヴィアタン』では、戦闘を生業とするありとあらゆる人々が生活を営んでいた。
 そんな血の気の多い場所でトレックは育った。
 戦いはロクでもないということはよく聞く。
 事実、何人もの知り合いが戦場に向かい、帰ってこないことも少なくなかった。
 しかし、生まれつきの血筋か、獣人の性か、はたまたそういう星の元に生まれたのか、戦うことをトレックは求めていた。
 青二才の甘っちょろい考えだということも理解している。
 だからこそ、剣を振り続けている。
 自分のできうる限りの努力をしてきた。
 不安はあるが、それ以上に自信がある。
 何も問題はない。
「毎朝毎朝、飽きずによくやるよお前は」
 素振りを続けるトレックの側に欠伸を堪える男が愚痴る様に呟く。
「なんだ、ブツブツ文句を言ってくるからよ。来てくれねえかと思ったぜ」
「俺は意外と大人なんだよ。子供に付き合うのは義務みたいなもんだろーが」
「俺だってもう15歳だぜ?」
「まだまだガキだよ」
 軽く息を整えながら、男は軽口を返す。
 寝癖だけを整えた髪をぐしゃぐしゃ掻きながら、男は怠そうに体を慣らす。
「あー、眠いし寒いしめんどくせー……」
「準備運動いるか?」
「いや、いらねー。というか今からが準備運動だろうが」
「……そういやそうか」
「相変わらず脳ミソまで筋肉か」
「うっせ」
 トレックに相対する男、ジョニー・ベルペッパーは黒い革の手袋を脱ぎ捨て、青白い機械腕を露わにする。
 確かめるように機構を起動し、雪のように白い魔力光を淡く輝かせた。
「よし、バシバシこいよ」
 ジョニーがそう言った瞬間、トレックは氣の弾丸を放った。
 難なく避けられるが、近づきつつ気弾を放ち続ける。
 氣を実体化させ、物理干渉を起こす異能はかなりオーソドックスなものだ。
 その単純な性質は正面からぶつかることが好きなトレックに合っている。
 しかし、その弾道は速度はあるものの、直進しかしない。
 優秀な魔術師であるジョニーには牽制になるかも怪しいものだ。
 多彩な遠距離攻撃を持つ魔術師相手には距離を取られては剣士であるトレックにとっては不利だ。
 リスクを承知で一足で前へ跳ぶ。
 気弾の襲撃が収まったことで機械腕からお返しとばかりに氷の弾雨が降り注ぐ。
「しゃらくせえ!」
 剣に氣を纏わせ、横薙ぎに一閃。
 氷の弾丸は根こそぎ消し飛ぶ。
 その勢いのまま、トレックはジョニーに肉薄し、大上段から鉄の塊を袈裟に振り下ろす。
 右腕から展開された半透明な魔力の刃で受け流されるが、剣を振る勢いのまま、ジョニーの腹を目掛けて蹴りを繰り出す。
 だが、その動きも読まれていたのか、躱されて伸びきった脚をジョニーに掴まれる。
「攻め方が少ねえ、よ!」
 ジョニーは全身の至る所にあるブースターを起動させ、力任せにトレックを頭上へ射出した。
「ぬおおおお!?」
 驚駭の声と共に空を登るトレックへ、ジョニーは両腕を構える。
 細い砲身が幾つも展開され、
「ちゃんと耐えろよ?」
 ジョニーの独り言と共に光の束が幾重にも放たれた。
 トレックは風圧で顔中の皮膚を引っ張られながらも、空中でなんとか剣を構える。
 向かってくる光の束をどうにもできないまま、それはトレックのいたるところを焦がした。
 氣の質が高いおかげか、致命的なダメージにはならないが、攻撃はこれでは終わらない。
 トレックの背に衝撃がぶつかる。
 ブースターで勢いをつけたかかと落としを喰らったのだ。
 肺の空気が全て吐き出され、わけのわからないままに地面に叩きつけられる。
 息を無理やり吸い、すぐさま空を見上げると人の頭ほどの氷塊が落ちてきている。
 氷塊は狙いが甘かったのか、トレックの周囲に落ちて砕けた。
 だが、トレックはそこからすぐに飛び退いた。
 その刹那、砕けた氷が地面に急速に広がり、氷の大地を作り上げた。
 ジョニーの狙いは氷塊をトレックにぶつけることではなく、飛べないトレックの動きを制限することだったのだ。
「卑怯だぞ、おい!」
「戦いに卑怯もクソもないんだよー!」
 今まで通りとは違う搦め手に困惑しながらも、走り回って消えていく地面から逃げ回る。
 反撃しようにもこの距離ではトレックの氣の弾丸では焼け石に水だ。
「うげっ!」
 気づけば逃げ場はなく、辺り一面が氷で覆われている。
「逃げてばっかじゃ話になんねーぞー」
「ぬぐぅ、好き放題やりやがるぜ、チクショウ」
 ジョニーの気の抜けた挑発にも言い返せず、氷塊からトレックは苦悶の声を漏らす。
 だが、スケートリンクのように辺り一面に氷が張り巡らされている場所で勢いよく走ろうとすれば、コケるに決まっている。
「逃げ回るなんて俺らしくねえわな!」
 逃げ回るのは終わりだ。
 元よりトレックという男は綺麗に立ち回る性格ではない。
 降り注ぐ氷塊へ振り向き、刀を脇に構える。
「バーストォ!」
 がむしゃらに叫び、刀に氣を込めて全力で振り上げる。
 先ほどの氣の弾丸とは比べ物にならない力の波が氷塊を飲み込み、ジョニーへ向かうが、余裕を持って躱されてしまう。
 それもトレックは想定済み、ではなくどっちにしろ同じだ。
「喰らえやぁ!」
「結局、ゴリ押しか!」
 交差する銀腕に黒い刃振り上げられた。
 甲高い金属音が鳴り響いた。
 バーストを放った後、トレックもすぐに飛んだのだ。
 トレックは自分の筋力任せに、ジョニーを拮抗している腕ごと氷の無い地面へ弾き飛ばした。
「だー! クソ脳筋が! 壊れたらどうすんだよ!」
 義腕の心配をしつつ、ジョニーは空中で体制を整えて、地面スレスレで止まる。
 トレックは刀を振った勢いそのままにもう一度バーストを放った。
 しかし、それはジョニーではなく自らの頭上にだ、
「ぶっ壊れろ!」
 トレックがジョニーに向かって凄まじい速度で射出される。
 距離を取られては不利なのはトレックだ。
 近づけるチャンスがあるならば、なんだっていい。
 直感的に判断し、バーストを推進力として使ったのだ。
「チェストォ!」
 ジョニーに向かって流星の如く、飛び蹴りを浴びせる。
 かろうじてジョニーは躱すが、反撃の手は出ず、そのままトレックの追撃を許してしまう。
 縦横無尽に刀を振るわれ、それを躱して逸らしての繰り返しだ。
 いくらジョニーが優秀な傭兵であろうと、満遍なく重い斬撃をまともに喰らうことは相当なダメージを受けることになる。
 更にはその全ての斬撃がジョニーの動きを制限し、回避以外の行動を不可能としている。
 このままではジリ貧だ。
「ぐっ!」
「ッ! 貰った!」
 胴を薙ぐ切り上げを受け損ない、ジョニーは諸手を上げさせられてしまう。
 それを見逃すトレックではない。
 前に踏み込み、地と水平に一閃。
 破壊そのものを相手の腹に目掛けて、渾身の一撃が命中する。
 常人であれば半身が泣き別れすること間違いなしだ。
 まるで蹴飛ばされたサッカーボールの様に転がり続けるジョニーをトレックは執拗に追う。
 トレックが正に息も絶え絶えなジョニーへとダメ押しの一撃を与えようとしたその時、
「ス、ストーップ!」
「!?」
 ジョニーによる迫真の停戦要求が叫ばれる。
 突然の言葉にうまく体が追いつかず、つんのめりながらもトレックは転がり終えたジョニーの隣に追いついた。
「げほっ! ……殺す気か!」
「いやー、大丈夫っしょ!」
「こいつ……」
 咳き込みながら膝立ちをするジョニーにトレックは手を貸す。
 立ち上がり腹の辺りを触るが、大きな怪我はないらしい。
 どうやら障壁魔法を即席で張り、耐え凌いだ様子だ。
「あー、クッソ。今日は終わりだ」
「まだ、やれる元気ありそうだけど?」
「馬鹿を言うなよ。準備運動って言っただろ」
 軽く汗を拭い尾を振るう。
 トレックが辺りを見回すとまばらに見学者がいたのか、人が散り散りに去っていく。
 一息ついた二人は修練場を出て行くことに決めた。
「ったく、容赦がねえよ。少しは加減ってものをだな」
「悪い悪い! 気合が入りすぎたわ」
「はぁ……」
 ジョニーはトレックの相変わらずさに溜息を思わず漏らす。
「お前ももう戦場に出るんだな。まぁ、死ぬなよ」
 どこか感慨深く呟く兄貴分にトレックは珍しいものを見た気持ちになる。
「おうよ」
「逃げたって構いはしないからよ。しななきゃ勝ちだ」
 あまり前線には出ないジョニーではあるが、トレックに比べれば経験は多い。
 生意気ながらも入団した頃から慕ってくれる弟分のことは、心配ではあるようだ。
「すっげーらしくねえこと言ってる……」
「茶化すなよ」
「だって気持ち悪いし」
「照れるな照れるな」
 二人で歩きながらいつもとは少し違う会話をこなす。
 彼らの付き合いはジョニーが入団した頃に遡る。
 その頃からレヴィアタンに暮らすトレックとは、ちょっとしたきっかけで共に時間を過ごすようになった。
「よっしゃ、じゃあそろそろ訓練の準備しに行くわ」
「おう、言ってこい」
 駆け出すトレックの背中を見送る。
 子供の頃から知っている者が戦場に行く。
 他の道も選べるはずなのに、トレックが何のために戦場に出るのか。
 何故、命の取り合いを求めるのか。
「まぁ、何とかするだろ」
 ジョニーにはどうにしろわからない。
 彼がどんな道を選ぼうと少しだけ手伝いをできればそれでいい。
「ん?」
 ふと、腕に違和感を感じたジョニーは自身の義腕を見る。
 明らかな歪みが生じている。
 動作に支障はないレベルのものだが、修理しておくべきだろう。
「……」
 思わず眉間にシワを寄せながら、トレックへの恨みを積もらす。
「馬鹿力野郎め」
 思わぬ出費と成長した弟分に複雑さを覚える。
 武器の性能を上げるか否か、独り言ちながら馴染みのコーヒー屋へ足を進めることにした。

うまそうす世界観

 『始まりの次元』

 この次元が存在し始めた時、世界は存在しなかった。
 創造主は孤独であった。
 孤独を紛らわすために、創造主は自らを砕いた欠片『フラグメント』で世界を創った。
 無数の世界が生まれ、無数の存在が生まれた。
 創造主は自らの核を小さな隔絶された箱庭へ埋めた。
 そして、永遠に続く眠りに落ちていった。

 小さな世界は育ち、壊れて他の世界と混ざり合い、大きな世界へ生まれ変わった。
 血肉に縛られていた者達は、欠片が大きくなるにつれ、自己の存在を高めていった。
 無限をも思わせる破壊と再生を退け、存在し続ける者たち。
 彼らは望む望まずに関わらず、創造主の欠片を束ねていく。

 次元支配を目論む悪食の民。
 箱庭の眠りを砕き取り込み、次に目をつけたのは、
 数多の世界線を取り込み、膨張に次ぐ膨張を繰り返す。
 次元の全てを知り、世界を喰らう世界。
 破滅を知らず、欠片を取り込み続ける世界。
 次元の行方を決める欠片達の終着点。
 それが、複合世界ユースティア。

(要約)
・次元に一人で創造主がいました。
・さみしいので自分を砕いた欠片で小さな世界をいっぱい創りました。
・原初のフラグメントを次元の狭間の世界ニルベステニアに埋めて眠りました。
・小さな世界が成長して壊れて、また新しい世界が生まれて、というサイクルをたくさん続けました。
・破壊と再生を繰り返すうちにフラグメントがまとまり、世界は強くなりました。
・第三界梯者以上の者が増え、滅びを知らない者も出てきました。
・次元支配をもくろむヴァイスは勝手に世界の破壊や支配、統合を促進させました。
・フラグメントを求めるヴァイスは、原初のフラグメントを求めてニルベステニアを滅ぼしました。
・大きなフラグメント(次元喰らい)を求め、ヴァイスはユースティアにやってきました。


『世界たち』
 次元に存在する世界たち。フラグメントの絶対量が増えるほど格が上がっていく。
 ほぼ全ての世界は破壊と再生を繰り返し、穏やかに生命を育んでいくはずだった。
 だが、次元外存在(デルタ)が現れ、そのバランスが崩れてしまう。
 世界は世界を引き付け、食い合うようになった。
 そして、フラグメントは少しずつ、大きくなっていく。
 第一、第二、第三、終焉の四段階の世界がある。
 分類は界梯者の存在によって分けられる。


『幻獣界ニルベステニア』終焉
 原初のフラグメントが眠る世界。その影響か世界の格は高い。
 最低でも第二界梯者以上の世界は類を見ない。
 次元の外側にあり、時の流れが不安定である。


『複合世界ユースティア』終焉
 次元において最も巨大で、滅びを知らずに他の世界を取り込み続けた世界。
 全ての世界を喰らおうとし、次元喰らいが世界を取り込み続けている。


『複合世界ユースティアに在る種族』
 この次元の種族は、『肉体』『魂魄』『概念』の三つの物から成立する。
 肉の上に魂があり、その二つの上に存在がある。
 肉に依存するほど、低位な種族である。
 概念に依存するほど、高位な種族である。

(創造主の欠片=フラグメントを多く取り込んだ者ほど、高位な種族となる)
(その多くが人型であるのは、創造主が人型であったからである)

 

・神族(デウソイド)終焉界梯者
  創造主と同種の力を得た者。血肉、魂を保有せずとも問題がない。
  万物を支配する力「オムニア」を扱える。
  神種
・天族(トランソイド)第三界梯者
  超越存在。血肉、魂に縛られない。概念を根源とする。
  自らの存在を核とした異能力「イグジスト」を扱える。
  超種
・魔族(デモニロイド)第二界梯者

 魂に依る者。
 肉体の破壊≠魂の破壊であり、魂の破壊=肉体の破壊につながる。
 肉体の依存度が低く、魂魄を用いた異能への適正が高い。

「霊人種」
「晶人種」
「妖人種」


・地族(アースロイド)第一界梯者

 血肉に縛られる者。
 肉体に生命を依存しており、肉体の破壊=魂の破壊となる。
 魂魄を元とした異能も扱うことができるが、第二界梯種には劣る。

無人種」
 次元に存在する人類において、もっとも基本となる人種。
 全てが平均的だが、繁殖力が高いため数は最も多い。
 どこにも特化していない分、本人の資質と努力次第で才能を開花させることも。

 外見的な特徴は特にない。

「獣人種」
 獣の特徴を持つ人類。
 ベースとなった獣の能力を兼ね備えている。
 理性より本能が強い傾向があるため、論理的な思考力が低い傾向にある。
 そのため、他の人類と比べて文明の発展がしにくい。

 外見的な特徴は獣の要素を持っていること。
 全身が毛で覆われているタイプや、局所的な部位のみが獣となっているものがいる。

 犬人、猫人、燕人、鷲人など

「鱗人種」
 体に鱗を生やす人類。
 水陸両用の者が多く、その多くは卵生である。
 多産多死が当たり前のため、倫理観の違いで度々問題となる。
 
 外見的な特徴は鱗に覆われているものが多い。
 また、種類によってはエラやヒレがあるものも。

 亀人、蜥蜴人、蛇人、鮫人など

とれっく


 瓦礫に血のペンキがぶちまけられた。
 血を吹く首無しの人間はユラユラと不規則に揺れた後に、糸の切れた人形のように崩れた。
 死んだのだ。
 獣の耳と尾を生やした少年は身の丈ほどもある刀から血を払い、死体の様子を見る。
 その筋骨隆隆たる肉体には生々しい傷跡がいくつも残り、こいつの生前が歴戦の戦士であったことをうかがわせる。
 だが、死んだ。戦場に立って一年も経たぬ若造の剣で呆気なく、一太刀で殺された。
 軽く緊張を解くために息を吐き出し周囲を見渡す。
 残党はもういないはずだ。
 鼻を通るの血液の鉄臭さだけであり、耳に響くのも羽虫の羽音くらいのもの。
 戦いの高揚でドクドクと脈打つ心臓を抑え、俺は指定されている合流地点へ向かう。
 道中も藪が体をくすぐり、羽虫が耳の中に入る以外は何事もなく、無事に合流地点へたどり着く。
 合流地点では既に各々の役割を終えた部隊の仲間達が待機していた。
「トレックか」
 仲間の一人が少年に気づく。
 魔力を秘めた右眼を持つ魔術師のマルチナだ。
 彼女は普段通りの態度で妖しく光る瞳で無機質に少年を見た。
「終わったか」
「ああ、大したことなかったぜ。見た目だけだ」
 少年こと、獣人族のトレック・アットルースの軽口にも乗らず、彼女は任務を果たしたことだけを確認すると、すぐに踵を返し装備の確認に戻った。
 トレックは無愛想な彼女をどうにも好きにはなれなかった。
 蒸れた手袋を脱ぎ、鼻をかく。汗の臭いが彼の鼻をついた。
「班長」
 彼以外の班員も戻っていたようで、マルチナは全員の顔を一瞥した後に、班長のザックに合図を送った。
「よし。……こちら六班、目標を達成した。これより帰還する」
 大きな波も起こることもなく、今回の彼等の任務は終わった。

 


 食に頓着が無い者が使う安く、早い、けれども不味いこともない食堂でトレックは不満を覚えていた。
 昼の賑やかな食堂の中で不満気に指を卓上で打ち続ける姿に、近くを通る客は目を細めたが彼を咎めたりする者はいなかった。同じ席に座る一人の獣人の少年を除いて。
「どうしたっていうんだよ。そんなイライラして」
 トレックの正面に座るバルタウは宥めるように話しかけた。
「見ればわかんだろ? 不機嫌がここに極まってんだよ」
 バルタウのことも気にかけず、トレックは牙を剥き、唸りながら悪感情を吐く。
 バルタウとしては、何度目かあったことなので慣れたものではあるが、勘弁してほしいものだった。
 呆れながらもバルタウは友人に理由を尋ねることにした。
 トレックという男は良くも悪くも単純な男である。問題がわかり、やることができれば解決すると、この一年ほどの付き合いでバルタウも気付いていたからだ。
「何に怒ってるの?」
「あの捻くれ女のことに決まってんだろ!」
 当たり前だと言わんばかりに卓上を殴り、バルタウの顔にツバを散らした。
 木製の机が悲鳴をあげる。
「何で?」
「真面目にやってねえからだよ。手抜きでやってりゃいつか絶対死ぬね!」
 内心うんざりしながら不機嫌なトレックの相手をするラグーはまたそれかと心の中で呟く。
「別にいいんじゃない? 仕事はこなせてるし、ヘマすることもないし」
「だけどさあ!」
 不満気に息を荒立てるトレックに対し、バルタウはいつも通りふんわりと話題を逸らすことにした。
「命令無視して一人突撃してたトレックよりはマシ」
「うっ……。いや、そうだけど」
 痛いところを突かれ、しばらく沈黙とトレックにとって気まずい空気が続いた。
「……」
「まあ、どっちが周りから見たらマシかって考えると、……ねえ?」
「だああ! 考えてたってしょうがねえ! 俺が悪かった! 訓練行くぞ!」
 癖っ毛だらけの白髪をくしゃくしゃにして、勢いのまま言い捨てたトレックはそのまま席を立ち、食堂の出入り口へそそくさと歩き出した。
「ちょっと待ってよ! ……待つわけないか。おーい、せめて自分の皿ぐらい自分で下げてよー。はぁ」
 やれやれとため息をつき、トレックの分の食器も片付ける。
 トレックとバルタウはこの一年で任務外でもよくつるむようになった。年若い二人にとっては同年代の友人、同じ獣族の血を持つものは貴重なものだ。何度か同じ班で仕事する内に、馴染みやすい間柄にいつの間にかなっていた。
 そのため、トレックの突発的で直情的な行動に彼も慣れており、度々彼の後始末をするのもバルタウの分担であった。任務でも任務外でもだ。
「都合悪い話が出てきて誤魔化すのはいいけど、誤魔化し方が下手くそすぎじゃない?」
「うっせ」
 追いついて嫌味の続きをするが、口を尖らせたトレックは取り合おうとせず、せかせかと早足で歩く。
 このまま同じ話題を続けてもきりが無い。
「最近は誰と修行してるの?」
 故に他の話題へと移った。単純な彼なら別の気になることがあれば、すぐに興味を移すからだ。
「あ? あー……。確か、ミューレイド、だったっけ?」
「いや、僕に聞かれてもね……」
「ああ、なんちゃらミューレイドだったっけな。細っこい剣使ってる女だ」
「仮にも一緒に修行してる相手なんだったら、名前くらい覚えてあげようよ」
「努力はしてる」
 事実、彼なりには努力している方だろう。殴り合い斬り合い以外になると、頭が回らないほどの脳筋だ。その彼が一部でも名前を覚えていることにバルタウは驚く。
「そのミューレイドさんとはいつ知り合ったの?」
「剣振ってたから喧嘩ふっかけたんだよ」
「相変わらず適当だね」
「まあな!」
 トレックはハタハタと尾を振り、無根拠に胸を張る。
「程々にしなよ?」
「してるしてる」
「ホントに?」
「お前のそういうところ面倒だと思う」
「……」
 キッパリと言われそれ以上咎めることをやめる。すぐ細かいところをつついてしまう癖があるようだ。
 先程とは逆にバルタウが口をへの字に曲げて黙ってしまう。
 その後もあの部隊の人間は嫌味なやつだとか、訓練相手が増えたとかのいつも通りの大したことのない話を続けた。
 気付けば二人は訓練場へと辿り着いていた。

 

 

 

続かない。

 

 

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