メイド・オーダー・メイド 第二話 俺と機人

 異暦0083年。

 世界としては一つ大きな事件が起きた年だった。

 終焉世界ユースティアは次元侵略軍VICEとの全面的な戦闘を強いられており、西、中央、東の界陸には永らく戦線が張られていた。

 何十年も続く、その戦争の中で何故その戦線が維持できたか。

 その理由の一つとしては、進軍経路がおおよそ陸路しかなかったためだ。

 

 海路、空路、そのあるいもある理由でまともな経路としては使うこと敵わず、陸路経由での侵攻しか許されていない現状があった。

 守勢に回るユースティア世界率いる英雄機関としてはこれは一つの有利であり、現状維持による、戦線の維持かつ、戦力の育成に都合のいい戦況であった。

 

 戦争は攻めるより、守る方が易きものだ。

 地形や気候、界陸法則など、勝手知ったる我が土地で待ち構え、防衛姿勢を整え迎え撃つ方が、有利であった。

 西も東も中央もそれぞれの界陸法則に乗っ取った有利な戦況を作り出し、なんとか戦況を維持する毎日だ。

 

 だが、これを良しとしないのはVICE四天王『魔の派閥』の王であった。

 かの悪神よりユースティア全土の支配と破壊を命ぜられた言わば『魔王』にとって、現状維持は握手にすぎず、次の一手を求められていた。

 

 そのハオウは命じた。彼の派閥内の下位の王に対して新たな戦略経路を広げるようにと。

 陸、海、空。その内の"海路"を我らに明け渡せと、声高高にそう命じたのだ。

 

 命ぜられたのは『絶の派閥』であった。

 『魔の派閥』が異世界侵略をする中で配下に加えたVICEの派閥の一つである。

 冷徹無比にして、鋼鉄徹底の人間絶滅兵器の集団だ。

 

 海路を開くため、彼らは界陸を隔てるための三龍の内の一つ、海路を悉く封鎖していた”海龍”の討伐の任を受け『絶の派閥』はユースティアに異暦0079年に来襲し――――――

 

 ――――――異暦0083年にあっけなく滅ぼされた。

 

 

 ※

 

 

「あっけなく潰されちまったよな」

 

 潮風を浴びながら、口元に漂う煙を揺らす。

 灰が手元に落ちるのも構わず空を仰ぎながら、瓶に入った酒をちびちびと口に含む。

 鈍る感覚を自覚しながら、手ごろな岩に背を預け、首を項垂れて足を投げ出し座り込む。

 

 一息に煙を吸い込み、紫煙を吐き出す。吸殻をその辺に投げだし、次の煙草にマッチで火を灯す。

 ライター、とやらの道具の存在は知っていたが、複雑な(聞いてみれば単純な仕掛けであったが、個人的に気に入らない)道具は性に合わず使わないことにしていた。

 左腕のみの慣れない動作ながらも、マッチを擦って火をつけて、煙草の火を得るという何の生産性もない動作だけはここ数日で仕上がっていた。

 

「……ふぅ」

 

 一息つく。いや、一息ついた"振り"をする。平常ぶるくらいしか俺には今することがなかった。

 踵で吸殻の火種を踏みにじり、消火する。

 煙で肺を満たしながら、水平線を遮る巨大な建造物に目を向ける。

 それは『絶の派閥』の本拠地であった海上要塞だ。

 

 ナイツロードとかいうポッと出の傭兵団になすすべもなく、鹵獲されたみっともないやつらの古巣。

 俺には馴染みの薄い科学技術とやらが発展した世界の手合いらしく、金属的な美しい曲線的な整ったフォルムをしていた。

 鹵獲した際の損害は軽微であり、船内の施設を改修工事しつつ、新たに海洋を徘徊するナイツロードの基地にするというのは、ここではもっぱらの噂である。

 俺も一応はその戦闘に参加した内の一人ではあるのだが、未だ実感はない。

 ナイツロードのエース格によって、あっけなく潰されてしまったからだ。

 

「……はぁ」

 

 たまらず、ため息がもう一度出る。

 吸いきってもない煙草をその辺に投げて、酒瓶の蓋を開ける。

 懐から魚の干物を出し、齧り始める。

 塩っ辛いだけの故郷の雑な干物の味とは比べ物にはならない程度に味は上等だった。

 

「ゴミ ヲ 検知 収集 致シマス」

「……ッ」

 

 見知らぬ電子音声に全身が跳虫の様に跳ね起きる。

 ――あまりにも迂闊だったか? 先日の戦闘で機人の戦士がいなくなったと思い込むのは。

 二転三転、声の主から距離を取り、失った右腕に戸惑いながらも不審な声の主に目を向ける。

 慣れぬ左手で短剣を握り、唐突に声をかけてきたその姿を確認して、俺は拍子抜けした。

 

「……」

「コンニチハ オゲンキデスカ」

「……元気ではねえかな」

「……」

「返してこねえのかよ」

 

 唐突に気配もなく現れたの古ぼけた人型の機械だった。

 白黒のボディに鉄面皮のような顔。手に持った箒とちり取りで煙草の吸殻を掃いていた。

 しばらくその辺りを箒で掃いたその人型機械は俺の顔を見る様子もなく、水平線にある何かに目を向けていた。

 それは秒数にしても数える暇もない刹那のような間ではあったが、その機械は確かに意志をもってそちらに目を向けていたように思えた。

 俺はその儀式めいた精錬された仕草を何となく眺めてしまった。

 

 パサパサと箒を掃く音が潮風に紛れて耳を通る。

 眺める俺を知るや否や、白黒機械はこちらを気にもせずに塵や芥を集めていく。

 俺の捨てた吸殻やらを丁寧に散り一つなく掃くようにしつこく箒を掃いていた。

 ……こちらに害を及ぼすような機人ではないだろうと俺は判断して短剣を収める。

 何をこんなところでピリピリしているのだと、眉間を抑えて首を振る。

 

「すまんかった。非常識な態度をとって」

「……」

「……あー、なんだ。おう」

 

 俺には少女に対して丁度いい返事を持ち合わせていなかった。

 口ごもる俺に対し、黒白の機械の少女は箒とちり取りでゴミを淡々とさらい続ける。

 非礼を詫びようにもこちらにはてんで興味が無いようだった。

 一応はこちらにも視線を配るタイミングがあり、こちらを意識していないわけではないようだった。

 

「……なぁ、あんた」

「……?」

 

 その白黒機械、恐らく機械生命体でもある機人の少女? はこちらに首を向けるだけだ。

 首を傾げもせずにこちらの言葉静かにじっと待っている。

 無表情の鉄仮面。物質的にも顔の表情筋が動くようなタイプにも見えない。

 ……まるで壁にでも話しかけている気分になりながらも、俺は言葉をつなげた。

 

「あー、最近、ここで清掃活動を行っているのは君だったりするのか?」

「ハイ 当機体 独自 ノ 判断 デ 活動 シテオリマス」

「すまないな。最近だと、俺もこの辺汚してたからよ。これからはないようにする」

「ハイ ゴ検討 アリガトウゴザイマス」

 

 ……やたら硬い挨拶をするな。

 機人とまともに会話することなんてなかったから、こういうものなのだろうか。

 先日、剣を交えて切り合った機人共はもう少し滑らかかつ、クソみたいな皮肉のやり取りもあったものだが。

 

 怯えた兎みたいに飛び跳ね逃げたのも示しがつかず、脳みそが痒い気分になった。

 後頭部をポリポリ掻きながら煙草に火をつけて咥えようとして、灰皿なんて持ち合わせていなかったことを思い出す。

 自分からゴミを出さないよう注意すると言ったのだ。吸殻の行き場を選べないのなら吸うべきではないだろう。

 

「あれにビビッて剣を抜くとは、情けないにもほどがある……」

 

 自重気味にそう言うと俺はその場を去る。

 剣を抜いた相手もサクサクと箒を振るうだけの機人らしきお掃除少女だ。みっともないったらあれはしない。

 あそこに入り浸るのはあの白黒機人には迷惑だったろう。

 熱心な清掃作業の姿を見るあたり、あの周辺は彼女の縄張りと言っても過言ではない。

 変に声をかけて邪魔をするのも決まりが悪い。

 最後に俺は白黒機人が見ていた視線の先だけ確認しておいた。

 

海上要塞……?」

 

 港に停泊するあまりにも大きな海上要塞。

 機人の根城であったソレに彼女の視線は向いていた。

メイド・オーダー・メイド 第一話 俺と姉貴

 俺の姉、一応家族ということにはなっている女はフォークをクルクルと回し、品よくパスタを口に運ぶ。

 家族で出かけるぞ! などと急に張り切りだした親父の案により、引きずられるように街に繰り出したのも束の間。

 職場からの急な呼び出しがあったらしく、早々に親父は家族団らんの輪を抜けてしまった。

 大の男が髭面を萎えさせてショボショボと走り去る姿は、父親としての威厳に欠けに欠けていて、なんだかこちらまで情けない気分になってしまった。

 一応、俺の父親なのだ。しっかりしてほしい。

 

「いつも思うけど機械なのに飯食う意味あんの?」

「もちろんです。味覚センサーでしっかり美味しく味わえます」

 

 姉、とは言っても義理の姉であり、血は繋がっていない。……なんなら血すら流れていない。

 彼女は機人と呼ばれる種族であり、生身の肉体ではなく、全身が隈なく機械でできているという生身の肉体を持つ俺からするとよくわからない人種だ。

 授業でも習ったのだが、イマイチその存在にピンと来ていないのが俺の現状だった。

 俺自身が機械音痴な節もあり、ちょっぴり姉には苦手意識もある。

 嫌いってわけでもないけどな。メシ奢ってくれるし、稽古つけてもくれるし。

 

「美味いならいいのか」

「エネルギー変換もできますから、人間の普通の食事と変わりませんよ」

「おー、すげー」

 

 あれだ。バイオエネルギー的なやつだ。

 穀物とかでエネルギー作るやつ。前にTVで見たぞ。

 

「ただ、変換効率はかなり悪いので、収支的にはエネルギーマイナスです」

「だ、ダメじゃん……」

「食事は食事、それ自体がいいことなんですよ」

 

 それは確かにそうだ。ハンバーグステーキをそのまま一口で頬張りながら頷く。

 飯を食えば美味い。美味いと嬉しい。それはまさしく世界の一つの真理だな。

 

「野菜も食べないと駄目ですよ?」

 

 店に備え付きの紙ナプキンで口元の汚れを拭われる。

 相変わらず目ざとく世話を焼いてくるな……。

 

「もごもごもご」

「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」

「俺は肉だけでもいーんだい」

 

 ニッと普通より鋭い犬歯を見せつけて水を飲む。

 ふと店の外を見るとメイドの一団が街を滑るように歩いていた。

 目を凝らして見ると、"研修中"の名札が胸元についている。

 ……新人の団体にしては一糸乱れぬ整然とした動きだな。

 

「後輩ちゃんたちですね。使われているパーツを見るに街の清掃担当でしょうか」

 

 この街のありふれた光景であるメイドロイドは最早インフラのような扱いだった。

 人手の関わるところには当たり前のように、メイドが街を回していた。

 清掃員にレストランのウェイターに、果ては建築現場で働くメイドや、戦場に出るメイドすらいるとか。

 このまま増えて行ったら、生きた人間よりメイドの方が多くなりそうな勢いだ。

 

「ああ、メイドのね。……って、後輩? 姉貴ってメイドだったの?」

「はい、当機体は異暦0083に製造されたメイドロイド初期試作型です」

「初めて知ったんだけど!?」

「はい、初めて言いましたね」

 

 横目で新人メイドロイドの集団を見ると、一際目立つ長身のメイドがあれこれと指示を出している様子だった。

 スカートの内部はそのまま掃除機のようになっているようで、道路に落ちた街路樹の葉がその中に吸い込まれていく。

 ……その手に持ってる箒は必要なのか? 上半身いる?

 いらない疑問が頭をよぎる俺を余所に、新人掃除メイドたちは笑顔で挨拶を振りまきながら、道行く人々の間を縫いながら清掃活動に励む。

 目の前の姉と見比べる。

 人形のように綺麗に切りそろえられた前髪の間からキョトンとした目で俺を見返してくる。

 氷の入ったグラスがカランと手元で鳴いた。

 

「……ケチャップでハート描いて萌え萌えキュン!! とかやってた?」

「してません」

「親父ってアキンバメイドマニアだった?」

「違います」

 

 姉は毅然と否定した。否定されたが俺からの親父への疑念は強まるばかりだった。

 基地内のアキンバメイドマニアに長々と変な知識を吹き込まれた俺はちょっぴりメイドに対して、謎の抵抗感を覚えている。

 

「妙に詳しそうですけど、好きなんですか? メイド」

「ちゃ、ちゃうねん」

「ちゃうんですか?」

「ちゃうんです」

 

 バ、バカ。ちげーし。興味ねえし。聞かされただけだし。

 姉は俺のそんな様子を見て腕を組んで何か思いついたようで俺に一つ提案してきた。

 

「お父さんと私の昔の話は聞きたいですか?」

「昔?」

「出会ったころの話です。このまま放置しておくとあらぬ誤解を抱えさせてしまうことになりそうですし」

 

 うーん、誤解。誤解かなぁ。

 首を捻る俺に対してなんだか怪訝な目を向ける姉。

 

「ま、いっか。聞いとくよ。その内聞こうかと思ってたし」

 

 気楽に返事をする俺を見て姉は小さく頷いた。

 姉はグラスを傾け、掃除メイドロイドを眺めながら語りだした。

 

「今から丁度10年前のことです。私とお父さんが出会ったのは」

 

 

 

 

 

キャラクター紹介

 

・姉貴

 機人。義理の姉。黒髪美人で落ち着いた少女。ごはんを食べるのが好き

 

・親父

 人間。義理の親父。傭兵団で部隊長を務める実力者。親バカ。

 

・俺

 獣人。元気盛りまっしぐら。

ツルギソウセイ 序章

 紅焔劒継承から早一年。若きレヴァンティンの名を継いだ少女は狂王の膝元へ向かう。

 天空に座するその城にはろくに生命の気配もなく、死人が主人かと思わせるほどの静寂があった。

 手を十ほど伸ばしても届かない天井の下、一人静かに黙々と少女は歩く。

 力を授かった相手だ。無下にはできまい。

 年に一度の招集は絶対の掟だと賜った劒が語ってきていた。

 強くならねばならない。強く在らねばならない。

 

 劔はそう強く少女を律してくる。

 ……だが、なぜ少女は強く在らねばならないのか。

 そんなことを語るのも無粋だと少女はかぶりを振る。強くなければこの世界で選択肢はない。

 強くあらねばこの世界で生きている意味などない。

 その確信だけは心の臓に確かに刻まれていた。

 

「……強く、ただ強く」

 

 己の強さへの信仰を確かめるように呟く。

 静かな廊下にやけにその独り言が響き、少女自身の耳にさえ自分の言葉が響いて帰ってくる。

 やがて、付き人も付けずに一人歩く紅蓮の少女に一つの陽炎が語りかけてくる。

 

「ここ一年ほどで、強く慣れたかいな?」

「まだ、足りてはいない」

 

 簡潔な答えに特に疑問は返さず、陽炎は人の形を取る。

 不遜とも思える態度をとりながら七劒が一太刀、紅焔劒レヴァンティンの前に人型は顕現する。

 炎を纏い、炎そのものを人の形に押し込めたならそうなるであろう。

 揺らめく火炎のような柔らかさを持った、女性的な肉体美を持った霊体だった。

 火炎の霊体は告げる。

 

「今のお前のやり方では到底、強さなど身につかないさね」

「……どういうことだ?」

「カカカッ! わからぬならば、考えるのが紅焔騎士団長の仕事よなぁ?」

 

 火炎の癖に、煙に巻く台詞。

 少女は周りくどい会話は嫌いであった。実直に結論を述べるべきだと常々思っていた。

 はっきり言って少女はこの陽炎のような霊体に対して、不快な印象を受けた。

 

 カカカ、と炭を割るような声で霊体は笑う。

 

「皆そうよなぁ。わしを初対面では嫌うものよ。四季が巡るように、当たり前の光景で安心するなぁ」

 

 一人で懐古に浸るかのようにレヴァンティンの言葉に喉を鳴らす。

 少女にとっては不愉快な態度であった。

 だが、単にここで斬り伏せるには惜しい何かをこいつは知っているのだという予感だけは強くある。

 若輩である己にとって、長寿を生きる先達の強さの秘訣。それは少女にとって千金に値するものだ。

 目の前の霊体が何を目的に少女に、レヴァンティンに語りかけているのかは知らないが、強さの糧になるのならば、相手をするのもやぶさかではない。

 故に普段は使わない口を開く。

 

「わざわざ、話しかけてくるくらいだ。意味のある話を期待してもいいんだろうな」

「ああ、それはもちろんさぁな。念の為、劔の

 継承者には毎回話してる内容さ」

 

 何の気もなく霊体はそう呟いた。

 

「今になっては残骸みたいな習慣だけどね。約束の履行って感じさな」

 

 霊体は、彼女はかく語る……。

えぴふぁん

 ゆらゆらと白い人型が幾つも立っている。
 それは人型ではあるが、確実に人ではない異形だとわかる。
 なぜなら、彼らには不気味なほどに特徴がないのだ。
 顔に目の代わりであろう、黒く濁った水晶体が一つある以外は何もない。
 無味無臭で無機的かつ無感情。
 そしてあらゆるものに無関心である。


 雲一つない心地よい快晴には似合わないその無面の異形達は、自分達とは違う異形へと濁った水晶を寸分の狂いもなく向けている、
 違う異形、それは一見すると少女らしい背丈と顔立ちをしている。
 肌と頭髪は作り物のように滑らかな白だ。
 目は常夜灯のようにぼんやりとしたアンバーで無感情ではあるが、そこには確立された意志が感じられる。
 そして最も少女を異形たらしめているのは、ぬめりとした黒いゴム質の手足と腰から生えた太い二本の触手である。


「旦那、来ねえってよ」


 少女の後ろから声をかけるもう一人。
 干し肉を噛みちぎり、深い緑に血のような赤が入り混じったセミロングを乱雑にかきあげ、不機嫌そうな黄金色の目で少女を見下ろす。
 他の異形と比べれば特異な点は赤黒い筋が入った尾のみである。
 この集団の中では、まだ標準的な人種であるように見える。


「うん」
「でー? こいつら、どうすんの?」
「たたかわせる」


 たどたどしく、淡々と女の軽薄な言葉に返事をする。


「こいつらちゃんと戦えんのかね」


 赤と深緑の女は無面の異形をすらりと伸びた脚で小突き回すが、異形はどこ吹く風と言わんばかりに白の少女を見つめる。
 しばらく、無面の異形にちょっかいをかけるが、あまりの手応えのなさに女は飽きたのか、瓦礫に腰を掛けた。


「ナイツロード」
「あ?」
「きてる」
「英雄機関の下っ端か。丁度いいんじゃね?」
「うん」


 露出が多い服で数少ない収納スペースに入った干し肉を齧り、端末を手の平で弄ぶ。
 無面の異形が映る端末をチラリと見て、口元を三日月の様に歪ませた。


「退屈凌ぎにはなりそうだな」


 女は獣のように嗤った。


 

 


 界陸の一つであるパンタシアは高度な魔法文明が発展している。
 どの国も魔力を元にした技術を用い生活を成り立たせ、魔法を便利な道具として扱ってきた。
 原始的で伝統的なマギーア界陸に比べ、パンタシア界陸は他界陸の技術も取り込み、より汎用的な魔法を作り出してきた。

 故に様々な余所者がこの土地に来るわけで。

 故に厄介な敵がこの土地に来れるようになってるわけで。

 実質の空白地帯となっているルバータ王国跡地は、敵が暗躍するには丁度がいいのだ。

 定期的にこの土地の警戒を行うよう、英雄機関からの要請はナイツロードにくる定番のお仕事となっている。

 

「にしてもすげー傷跡だな」


 ブレイカー隊第六班所属トレック・アットルースは、大地に残る巨大な傷跡を見てそう呟いた。
 そこはかつては山だったのだろうが、剣士の巨人が縦に一閃したかのように二つに割れていた。


「いつ見てもすげーなー」
「飽きないねー。毎日同じこと言ってる」
「飽きてる。暇なんだよ」
「やっぱり?」


 退屈そうにあくびを咬み殺すトレックの隣にある岩に一人の獣人が座った。
 緑色の毛に覆われた小さいウサギを丁度、人型にしたような男だ。

 柔和な表情で呆れた顔でトレックを岩の上から見下ろす。

 のんびりとした口調でいつものようにバルタウはトレックに口を出す。それがいつもの光景だった。

 

「模擬戦でもしねえ?」
「それはお断り。口を開けばすぐそれだ」
「だって鈍っちまうぜ。なーんにもねえんだもんよ」
「何もない方がいいよ」
「とは言っても、やったことと言えば歩き回って飯食って寝るくらいだぜ? 平和も過ぎれば毒ってもんだ。切り合い殴り合いの一つくらいさあ」
「相変わらず過激だなあ。仕事なんだから割り切らないと」


 トレックはそう言って小柄なバルタウを乗せた岩を持ち上げてスクワットを始める。
 トレック達が所属するブレイカー隊がルバータ王国跡地に訪れてから六日が経つ。
 そこはたった一人の剣士による国家滅亡事件が起きた土地として記憶に新しい。
 河川が切り刻まれ、山々は切り崩され、野晒しにされた遺骨がまばらに散らばる。まさに天災と言わんばかりの惨状の残り香が感じられる。

 これを一人の人間がやってのけるとは、トレック自身にも信じられないことだが妙にしっくりきている。

 自身の実力が低いとは決して思っていないが、上には上がいる。この世界の人間の実力というのは青天井だ。

 個人の資質でいくらでもどんな状況もひっくり返すことができる。苦手な座学で得た知識にもそんな事例は頻出していたし、そんな実力のやつもナイツロードにはゴロゴロいる。

 そんなやつがいるとそいつらを超えるために俄然うずうずとするのが、トレックという男であった。

 

「まー、ホントに残念だけど、そろそろ仕事のタイミングだとは思うなぁ」

「マジかよ、どこ情報!?」

「いやいや、事前に班長から説明受けてたでしょ?」

 

 バルタウからのヒントを元に、トレックは足りてない頭を捻りつつ記憶の倉庫をかき回す。

 確かに頻度としては週1ペースで活動があるとかないとかあったっけ。と、なんとか情報をひねり出す。

 そして、そろそろ一週間だ。頃合いの時期ではある。

 毎度毎度に小競り合いをしている交戦記録があるのなら、そろそろ殴り合いやら切り合いが望めるというものだ。

 

 ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた土地には、魔道具製造にうってつけの鉱山くらいしか目ぼしい物はない。
 それを狙う不貞な輩が訪れるため、英雄機関の指示の元に定期的な巡回が行われているのだ。
 トレック達が所属するブレイカー隊はその巡回に駆り出されているということだ。

 トレックは頭上に登る太陽を目を細めながら見つめ、また一つあくびを噛み殺した。
 しばらく、時間潰しのスクワットを続けていると二人に声がかかる。


「トレック、バルタウ、班長がお呼びよ」
「ん? 何かあったのか」
「さあねー、マルチナさん知ってる?」
「来ればわかる。さっさと来な」


 マルチナと呼ばれた女性は、それだけ言い捨てると足早に元来た道を戻り始めた。


「やーな感じ」
「こらこら」
「わかってるって」


 トレックは担いだ岩を隣に置いてから、彼を諫めるバルタウと共にマルチナの後を追った。
 周りから目立たない森の中に、彼らの拠点はある。
 定期的に作戦が行われる土地として、最低限の住処がナイツロードの手により築かれているのだ。
 電気や水道も使えるようになっており、食料もある程度の備蓄が用意されている。
 ただ、流石に転移装置などの高価なものはなく、簡易的な通信設備くらいが存在するくらいだ。
 その森に隠れたベースキャンプの一室にトレック含む、第六班の面々が集められた。


「む、来たか」
「ただいま到着しました」
「待たせたなおっさん」
「おっさんではない。班長と呼べ」


 トレックの軽い態度に苛立つ様子もなく、淡々と訂正を入れるのは痩せ身の男だ。
 男は紙タバコの煙をぷかぷかと浮かせながら深く息を吐き、こう言った。


「VICEらしき影が確認された」
「……どこのやつらかしら」
「おそらく、『死』に属するやつらだと聞いた。確証はないが、以前に似たような魔力反応を観測したデータがある」


 VICE。
 この世界、ユースティアの支配を目論む侵略者達のことだ。
 彼らが所属するナイツロードはもちろんのこと、ユースティアに存在するほぼ全ての国と敵対する邪悪そのもの。
 ユースティアの人々とVICEの戦いは百年もの間、繰り広げられている。


「最悪ね……」
「よりにもよってそこかぁ……『魔』とかの方がマシだよ」

 

 『死』の派閥。

 VICEにおいてもっとも倫理観に欠けた生命の冒涜の権化とも言える存在。

 生命であるならば、最も関わり合いたくない存在である、悍ましき異物共の集団だ。

 

 敗北して死ぬまでならまだしも、『死』の派閥はそれを許さない。

 誰よりもこの世界での死を知り、死を利用し、死を愛している。

 負ければ死ぬより酷い目に合う。

 

 死なない程度に実験材料として一生無限に飼殺されること間違いないと、かつて捉えられていたナイツロード所属のヤツも話すくらいだ。

 

「へへっ、面白くなってきたじゃねえか」
「冗談じゃない! 僕的には一番関わりたくないよ」


 バルタウは苦汁を舐めたように顔にシワを寄せて両手で頭を抱える。


「とにかくだ、やつらにどういう目的があろうと放っておくわけにはいかん。すぐにでも討伐する必要がある」


 三者三様の反応を見ながら、班長であるザックは淡々とこれからについて話す。

 

「そこで、我ら第六班は一、二、三班のバックアップに入る。彼らが目標の殲滅を行う間、周囲の警戒に勤め、不意の事態に備えることになる」
「了解」
「承知したわ」
「りょーかい、要するに黙って見てろってことかい……」


 すんなりと了承する二人に比べ、トレックは不満を隠さずにはいられないようだ。


「トレック! あなた、舐めてるんじゃないの?」
「舐めてねえって、そりゃあ戦えねえのは残念だけどよ、別に言うこと聞かないわけじゃねーよ」
「……ッ!」


 二人の間に閃光が迸り、今にも殴り合いが始まりそうな状況になる。
 犬猿の仲であるトレックとマルチナは散々、こうやって喧嘩をするのだが、バルタウとしてはたまったものではない。


「わー! ちょっとストップストップ! 班長も見てないで止めてくださいよ!」
「では、次の命令があるまで待機するように、解散」
班長!?」


 一縷の望みをかけて班長に助けを呼びかけるが、蜘蛛の糸の如くその望みは切れてしまう。

 

 

 

昔の文章。供養

 宇宙は滅びかけていた。

 その全てを説明するには時間が足りないから、今は説明を省くとする。

 人々の知能や異能は高まり、更なる進化を遂げた存在になっていた。

 その象徴として頭部に生えた立派な一本角は、強い力を持った人間の証だった。

 

 最早、滅びを待つだけの地球のコロニーで少年は檻の中の少女に向き合う。

 少女は卵を抱いている。暗く黒く星のように輝く新たな宇宙の卵を優しく愛おしく抱いている。

 そうだ。新たな宇宙を創るために、宇宙の卵の依り代として少年の妹は選ばれたのだ。

 

「    」

 

 彼女は何かを少年に向けて叫んでいる。

 叫び、苦しみ、耐えながら。だけどその慟哭に少年は答えることができない。

 音も通さない檻の中、彼女は新たな宇宙を想像しなければならない。

 一人、虚しく、自分に向き合わなければならない。

 

 ごめんごめんといくら謝ってもその言葉は彼女には届かない。

 

 宇宙が滅んで人間が滅ぶまであと僅か。

 新たな宇宙が生まれるのもあと僅か。

 

 今更滅ぶも生きるも意味があるのか、少年にはわからなかった。

遺物

 遺物

 


1.遺物

 ユースティアには異界から様々なモノが流れてくる。その中には特異な性質を持った道具も存在する。それが遺物、アーティファクトである。

 界陸が誕生する以前の世界で作られ、遺跡と共に残る古代遺物と、異暦以降でゲートから出現する異邦遺物の二種に分けられてはいる。

 


2.古代遺物

 五つの界陸は六元界の残骸であり、それらが元々の世界であった時に作られた道具達が古代遺物と呼ばれる。

 界陸毎に大まかな特性が分かれており、その多くは、現在の技術でも再現可能であり、実用品として必要となることは少ない。

 また、ユースティアの歴史を探るための歴史的価値のある資料となったり、美術的な価値があるとされ、高額で取引される場合もある。

 界陸毎に天魔遺物、機甲遺物、龍空遺物などと呼称される。

 


3.異邦遺物

 異暦以降、ゲートの影響で出現する遺物。様々な世界のモノがくるため、素材や性質、能力は多岐にわたる。

 一概にまとめることはできないが、ユースティアに渡ることで、より強い力を持つとされており、実用できれば強力な道具となりうる。

 しかし、元々は異質なものであり、本来の能力から大きく変質する可能性もあるため、危険性も大きい。

影の派閥

影の派閥

1.成り立ち

 異暦95年発足。

 アズマ出身の人間、ナゼを派閥の王とした派閥。

 VICE内ではゲドウィンに代わり、四天王と数えられるナゼだが、その存在感は派閥とその王、共に無いに等しく、謎が多い。

 シルバリオスの勧誘により、VICEへ加入することになったナゼだが、その実力は四天王に匹敵し、更にはその上を超える可能性を見たシルバリオスは派閥を設立することをナゼに要求する。

 設立したはいいものの、派閥の加入条件が厳しすぎるため、影の派閥の構成員は100にも満たないと言われている。

 


2.構成員

 ナゼが自ら身辺調査を行い、実力、人格を精査する。

 お眼鏡に叶えば、死ぬか派閥に入るかの二択を迫る。当然ながら、断ったものは例外なく死んでおり、この世から無かったことにされている。

 派閥に入る条件は、レベルAを超える実力、自分の存在がユースティアから無かったことにされること、現世において任務外での影響を与えないことなどが決められる。

 これらはナゼの術により、強制されることになっているため、並みの実力では逆らうことはできない(というより、逆らうことができる人間は配下に加えない)

 構成員内での交流は可能である。

 また、魔法少女の悪口を言わないというルールもある。

 


3.ユースティアでの活動

 彼等自身が侵略行為を主導することはなく、高難度な暗殺や諜報などを他の派閥から請け負う。

 新興の派閥ということもあり、扱うことを煙たがる者もいるが、実力は確かであるため、活躍する場は増えている。また、依頼者は少なくとも古参の幹部か派閥の王自らであり、その存在はひた隠しにされている。

 情報が漏れれば味方でも容赦なく消すという影の派閥の方針があるためである。