ナイツロードJ 二話

二話

 

 

「じゃあ今まで通りの仕様でいいんっすね?」
「ああ、そうしてくれ」
 任務が終わった次の日、俺はナイツロード本部の技術部にやってきていた。
 技術部は能力者や魔法使いの為の専用の道具を作ったり、基地の設備の整備や設置などを行う部署だ。
 一人一人によって能力が大きく違うものが多くいるため量産品だけでは実力を引き出すには十分ではない。
 そのために個々人の多種多様な能力、実力、身体面、その他もろもろに合わせるように装備の開発や整備を行うのも能力者を主としたナイツロードに必要不可欠である。
 例えば俺の魔道具でもある義手と義足。これなんかは量産品では補えない物であるし、俺じゃないとほとんど使いようのないものだ。
 俺がここに何故来たかというと、俺の腕代わりの義手の接合部が現代アートのように捻じ曲がっているからだ。これではどうしようもない。
 魔力を通すことによって本物の腕のように動かせる鋼鉄の義手。
 戦闘だけでなく日常生活にもないと非常に不便なものなのでここに来たというわけだ。
 予備の腕を使って自分で修理もできなくはないが、やはり本職に任せる方がずっと信用できる。
 雑多な音が響き渡る大部屋にある、紙の束や飲みかけのコーヒーが乗っている隅っこの机を挟んで、目の前にいる俺の担当の技師に壊れた腕を見せる。
「どんくらいかかりそうだ?」
「機構部分も魔力端子にもほとんど損傷がなさそうっすからそんなに時間はかからないっすよ。急いだほうがいいっすか?」
「いや、急がなくても構わん。どうせ普段は戦わないから予備の腕でも問題ないだろ」
 カシャカシャと鳴る安っぽい作りの腕を振って見せる。
 目の前の女は興味もなさげに気だるげな目線を送る。
「はいはい、んじゃ三日後には直ってると思いますっすよ。後はいつも通りで」
「……三日後?」
「三日後っす」
 それはまた、随分と早いな。
 ボサボサの髪の毛を帽子で押さえつけ、サイズの合っていない薄い青の作業着を着た怠惰を人型に固めたようなこの女――ロッテ・ブランケンハイム――は仕事するが、そこま

でして効率を求めてやるやつではなかったはずだ。
 その辺りの雑草に足が生えてタップダンスを踊り出すぐらい奇妙で珍妙な事実であった。
 それぐらいにこの女の仕事ぶりというのは遅いのだ。出来は決して悪くないんだが。
「珍しいな。お前のことだから十日くらいかけるもんだと思ってたんだが」
「ま、私にも色々あるってことっすね。そういう時もあるんすよ」
 気だるげな目でこちらに視線を向けて億劫そうに呟く。
「男でもできたのか?」
「では、明後日に試運転するんでまたここで」
 俺が軽く言った冗談をさらりと受け流し、懐中時計(古いものながら丁寧に扱われている)をチラリと見て席を立った。
「では失礼するっす」
「おうよ」
 何を急いでるんだろうか。
 いつも見ている様子と違うってのは、他人の目から見ると非常に興味が湧くものだな。
 聞いたら案外教えてくれそうなものだが、どうだろう。
「おーい……ってもういないのか。割と本気で何かありそうだな」
 ちょっと目を離した隙に行ってしまったらしい。ひょっとして、本当に男ができたのであろうか。
 ……アレにか? いや、ない。ありえない。
 もしそうだったら基地内を逆立ちしながら全裸徘徊してもいい。そういうレベルで俺はアイツをある意味信用している。
 さて、用も済んだしどうするかな。
 腕を組み浅く座ったパイプイスの軋む音を聞きながら長めにとった休暇の予定を考える。
 部屋に帰って積んでる本でも読むか? それとも久しぶりにアレをいじってみるか?
 まぁ時間はたっぷりある。とりあえずはちょっと早めの昼食にでも行くか。
「よーう、ブラザー! 何してんの?」
 他愛のないことを考えているところに軽薄そうな声が聞こえた。
 俺をやたら親しげに「ブラザー」などと呼ぶ男は俺の周りには一人しかいない。
 軽く溜め息をついた後で言葉を返す。
「エクスか。さっき腕の修理を頼み終わったところだ」
「おいおい、溜め息すると幸せが逃げちゃうぜ?」
「気にするな、今さっき逃げて行ったところだ。溜め息で出て行く幸せはないからな」
「ま、そんなみみっちい幸福は置いといてだな」
 俺の幸福はみみっちいらしい。
「お前が一発で腕を持ってかれるとは驚いたぜ? 資料にはそんな面白そうな能力者はいなかったけどな。唯一まともそうな奴でも精々二流の火遊び男くらいなもんだったろ。鈍

ってたの?」
 向かい側のパイプイスに座って後ろの足でバランスをとりながら質問してきた。
「資料にいないやつにやられたんだよ。『商品』の方にな」
 商品。つまり能力者の子供などのことだ。
「それマジ? ガキにやられるって……ナニ? エロいことでもしようとしたな?」
 そう言いながら右手の親指と人差し指で輪を作り、左手の指で抜き差しするようなジェスチャーをにやつきながらしてきた。
「違う。ガキはガキでも魔族の幼体だったんだ。とびっきりのな。怖くてそんなことできねえよ」
 というかそもそもそんなことはしない。できない。する気もない。
「あれはそこらの魔族なんか比にならねえ魔力量だったな。珍種だ珍種。まあ、相手が子供で戦闘経験が浅かったからすんなりいけたが……。中途半端に知性があってよかったな

、ホントに」
 すんなりいけたとは言うが腕一本はくれてやる前提だった。油断を誘い、弱者を演じるために。
 あの妙に律儀なところには少し戸惑ったがそこに助けられたというべきだろうか。
「それで、殺れた?」
「いや、多分生きてると思うな。手加減したから案外ピンピンしてるんじゃないか?」
 腹に風穴開けて顎を蹴り砕いたことは伏せておく。俺にとってはあまり気分のいいものではなかったし、言う必要もなかったからだ。
 それでも死んでないとは思うが。
 突然俺の右ポケットにある携帯端末が単調な音を鳴らし、小刻みに揺れ始めた。
 一応エクスに断りを入れて通話を繋げる。
「はい、なんでしょうかい」
『こちら伝達部。本部標準時刻午前11時28分。お腹の空く時間に連絡事項を伝える。コレの持ち主本人で間違いないね?』
 携帯端末から聞こえる男の声は、やたら気の抜けるような調子で、それでいてはっきりとした音に聞こえた。
「そうだ。で、何の用事だ?」
『ん、団長がお前さんを呼んでいる。本日午後6時までに一人で団長室に来いとのお達しだ。詳細は団長自ら話すとのこと。以上、連絡終了。んじゃ』
 プツン、と有無を言わさず通話が切れる。
 せめて返事をするくらいの時間が欲しいとは思うが、まあいい。
「それでブラザー。なんのお電話だったの?」
「団長直々にお話してくれるんだとよ。メシでも奢ってくれると嬉しいんだが」
「俺なら金積まれても髭のおっさんとランチなんてごめんだぜ。んじゃ早速行って来いよ」
「俺もあの人と飯なんざ食いたくないんでな。適当に食ってから行くことにする」
 それも理由に入ると言えば入るが、実のところ空腹の大きさが膨れ上がってきている。
 今から行くにしてもどの程度の時間が話に費やされるか分からないのだ。腹が減ったまま話を聞き続けるというのはなるべくやりたくない。
 それに今すぐ来いというわけでもないのだ。飯ぐらい食ってこいということなのだろう。
「じゃあ行ってくる」
「おうよ」
 携帯端末をポケットにしまい、俺は食堂に向かっていった。
 

 団長レッドリガ。
 『秩序なき善』を掲げ、小さいながらも、業界でトップクラスの成績を叩き出し、確かな実績をもつ軍事会社『ナイツロード』を動かす頭だ。
 俺としてはあまり会いたくない人物の一人だが、残念ながらこれからこの男のいる部屋に向かって、話を聞かねばならない。
 こちらの全てを見透かしような視線と、周り全てを包み込む鉛のような重厚で重圧な存在感。
 性格や嗜好などの問題ではなく、存在自体への拒否。
 絶対的な暴力を持った存在として恐れているのか、それとも本質を知ることができない未知からの恐れなのか。
 言葉で表すにはどのような嫌悪であるかは説明し難い。
 そんな恐怖の対象であるレッドリガとの一対一の対談など、断れるものなら断りたい。
 だが、如何せん相手は俺の働く傭兵団のトップ。対して俺は平の団員。
 怖いから、などという幼稚で個人的な理由で断れたらどんなに楽だろうか。
 絶対に避けられないことだ。それがわかっているならさっさと行って用事を終わらせばいい。
 すぐ終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。手軽に済むことかもしれないし、そうでないかもしれない。
 それが手軽に済ませれるようなものなら、個人的に話が来るわけがないんじゃないか? という考えが頭をよぎったが、そこは考えないようにする。
 残りのサンドイッチを口に突っ込み、コーヒーで胃に流し込む。 
 とにかく、どんな話だとしても、だ。
 行く以外の選択肢は有り得ないし、行くしかないなら早急に終わらせて、気分を楽にしたい。
 考えるのは終わってからでいい。
 
 無駄に物が置かれていない、広過ぎず狭過ぎずの小奇麗な部屋。
 一言で言えば団長室はそう言えるだろう。
 無駄がない故に俺の目の前でゆったりと座っている男の存在に意識を向けることを強制させられているようだった。
 そんな意図では無いだろうが、俺がそう感じてしまったのは、目の前の存在を必要以上に恐れているからだろうか。
「よく来てくれましたね」
「……どうも、それで俺に話ってのは何ですか」
 挨拶もほどほどにして、早く話を終わらせるため、急かすようにレッドリガに本題を突き出す。
 椅子に座り、夜の暗闇のような髪で目を隠したまま、こちらに視線を向け話し出す。
「あなたにしばらく教育して欲しい子供がいるのですよ」
 子供……というと先日の人身売買の組織のことを思い出す。
 おそらくその筋のものだろう。
 そういった『商品』である能力者たちを訓練し、使えるものにして団員に加える。というのは稀にある。
 訓練なら訓練でその専門のやつらがいるのに、何故俺なんだ?
 何かしらの理由があってのことだろうが、俺が思い当たるのは一つくらいしか思いつかない。
「子供というと、先日の……」
「そうです。あなたも参加していたその任務で、保護した魔族の子を使えるようにしてもらいたいのですよ」
「しかし俺がやる必要性が見当たりません。報告書に書いたように最初の対面があれじゃあどう考えてもありえない。他に適任のやつらがいるんじゃないですか?」
「理由はありますよ」
 むしろやらない理由の方が多いだろう。
 初対面で腹を焼き溶かして穴を作って、ブースターの全推力で顎を蹴り砕いたやつに、そんなことをさせるなど正気の沙汰ではない。
 だが堂々と椅子に座り、短い顎鬚を親指と人差し指でさすりながら、こちらに視線を向ける団長は理由があると言う。
「それは彼女があなたに興味を持っているからですよ」
「興味ですか? 何の興味にしろ理由付けには弱過ぎるのでは?」
「魔族という生き物は人間の尺度では測れないものがあるのですよ。ワイアットさん。彼を例の部屋に連れて行ってもらえますか?」
「承知」
 いきなり第三者の名前が出たと思うと、まるで初めからいたかのように部屋の隅に一人の男が壁に寄りかかっていた。
 男の容姿は真っ黒なローブに包まれて、顔を白い仮面で隠していた。
 機械的な平坦な声も相まって無機質な印象がする。
「とりあえず、彼女と話してみてください。その方が話しが早いでしょうから」
「……わかりました」
 色々不可解な部分もあるが、確かに話題の本人も見ずに決めつけるわけにはいかない。
 そうして俺はワイアットという男の後ろについて行き、少女の待つ部屋へと向かうのだった。

 

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一話と二話合わせて一万文字くらいしかなかった。