ゆらゆらと白い人型が幾つも立っている。
それは人型ではあるが、確実に人ではない異形だとわかる。
なぜなら、彼らには不気味なほどに特徴がないのだ。
顔に目の代わりであろう、黒く濁った水晶体が一つある以外は何もない。
無味無臭で無機的かつ無感情。
そしてあらゆるものに無関心である。
雲一つない心地よい快晴には似合わないその無面の異形達は、自分達とは違う異形へと濁った水晶を寸分の狂いもなく向けている、
違う異形、それは一見すると少女らしい背丈と顔立ちをしている。
肌と頭髪は作り物のように滑らかな白だ。
目は常夜灯のようにぼんやりとしたアンバーで無感情ではあるが、そこには確立された意志が感じられる。
そして最も少女を異形たらしめているのは、ぬめりとした黒いゴム質の手足と腰から生えた太い二本の触手である。
「旦那、来ねえってよ」
少女の後ろから声をかけるもう一人。
干し肉を噛みちぎり、深い緑に血のような赤が入り混じったセミロングを乱雑にかきあげ、不機嫌そうな黄金色の目で少女を見下ろす。
他の異形と比べれば特異な点は赤黒い筋が入った尾のみである。
この集団の中では、まだ標準的な人種であるように見える。
「うん」
「でー? こいつら、どうすんの?」
「たたかわせる」
たどたどしく、淡々と女の軽薄な言葉に返事をする。
「こいつらちゃんと戦えんのかね」
赤と深緑の女は無面の異形をすらりと伸びた脚で小突き回すが、異形はどこ吹く風と言わんばかりに白の少女を見つめる。
しばらく、無面の異形にちょっかいをかけるが、あまりの手応えのなさに女は飽きたのか、瓦礫に腰を掛けた。
「ナイツロード」
「あ?」
「きてる」
「英雄機関の下っ端か。丁度いいんじゃね?」
「うん」
露出が多い服で数少ない収納スペースに入った干し肉を齧り、端末を手の平で弄ぶ。
無面の異形が映る端末をチラリと見て、口元を三日月の様に歪ませた。
「退屈凌ぎにはなりそうだな」
女は獣のように嗤った。
界陸の一つであるパンタシアは高度な魔法文明が発展している。
どの国も魔力を元にした技術を用い生活を成り立たせ、魔法を便利な道具として扱ってきた。
原始的で伝統的なマギーア界陸に比べ、パンタシア界陸は他界陸の技術も取り込み、より汎用的な魔法を作り出してきた。
故に様々な余所者がこの土地に来るわけで。
故に厄介な敵がこの土地に来れるようになってるわけで。
実質の空白地帯となっているルバータ王国跡地は、敵が暗躍するには丁度がいいのだ。
定期的にこの土地の警戒を行うよう、英雄機関からの要請はナイツロードにくる定番のお仕事となっている。
「にしてもすげー傷跡だな」
ブレイカー隊第六班所属トレック・アットルースは、大地に残る巨大な傷跡を見てそう呟いた。
そこはかつては山だったのだろうが、剣士の巨人が縦に一閃したかのように二つに割れていた。
「いつ見てもすげーなー」
「飽きないねー。毎日同じこと言ってる」
「飽きてる。暇なんだよ」
「やっぱり?」
退屈そうにあくびを咬み殺すトレックの隣にある岩に一人の獣人が座った。
緑色の毛に覆われた小さいウサギを丁度、人型にしたような男だ。
柔和な表情で呆れた顔でトレックを岩の上から見下ろす。
のんびりとした口調でいつものようにバルタウはトレックに口を出す。それがいつもの光景だった。
「模擬戦でもしねえ?」
「それはお断り。口を開けばすぐそれだ」
「だって鈍っちまうぜ。なーんにもねえんだもんよ」
「何もない方がいいよ」
「とは言っても、やったことと言えば歩き回って飯食って寝るくらいだぜ? 平和も過ぎれば毒ってもんだ。切り合い殴り合いの一つくらいさあ」
「相変わらず過激だなあ。仕事なんだから割り切らないと」
トレックはそう言って小柄なバルタウを乗せた岩を持ち上げてスクワットを始める。
トレック達が所属するブレイカー隊がルバータ王国跡地に訪れてから六日が経つ。
そこはたった一人の剣士による国家滅亡事件が起きた土地として記憶に新しい。
河川が切り刻まれ、山々は切り崩され、野晒しにされた遺骨がまばらに散らばる。まさに天災と言わんばかりの惨状の残り香が感じられる。
これを一人の人間がやってのけるとは、トレック自身にも信じられないことだが妙にしっくりきている。
自身の実力が低いとは決して思っていないが、上には上がいる。この世界の人間の実力というのは青天井だ。
個人の資質でいくらでもどんな状況もひっくり返すことができる。苦手な座学で得た知識にもそんな事例は頻出していたし、そんな実力のやつもナイツロードにはゴロゴロいる。
そんなやつがいるとそいつらを超えるために俄然うずうずとするのが、トレックという男であった。
「まー、ホントに残念だけど、そろそろ仕事のタイミングだとは思うなぁ」
「マジかよ、どこ情報!?」
「いやいや、事前に班長から説明受けてたでしょ?」
バルタウからのヒントを元に、トレックは足りてない頭を捻りつつ記憶の倉庫をかき回す。
確かに頻度としては週1ペースで活動があるとかないとかあったっけ。と、なんとか情報をひねり出す。
そして、そろそろ一週間だ。頃合いの時期ではある。
毎度毎度に小競り合いをしている交戦記録があるのなら、そろそろ殴り合いやら切り合いが望めるというものだ。
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた土地には、魔道具製造にうってつけの鉱山くらいしか目ぼしい物はない。
それを狙う不貞な輩が訪れるため、英雄機関の指示の元に定期的な巡回が行われているのだ。
トレック達が所属するブレイカー隊はその巡回に駆り出されているということだ。
トレックは頭上に登る太陽を目を細めながら見つめ、また一つあくびを噛み殺した。
しばらく、時間潰しのスクワットを続けていると二人に声がかかる。
「トレック、バルタウ、班長がお呼びよ」
「ん? 何かあったのか」
「さあねー、マルチナさん知ってる?」
「来ればわかる。さっさと来な」
マルチナと呼ばれた女性は、それだけ言い捨てると足早に元来た道を戻り始めた。
「やーな感じ」
「こらこら」
「わかってるって」
トレックは担いだ岩を隣に置いてから、彼を諫めるバルタウと共にマルチナの後を追った。
周りから目立たない森の中に、彼らの拠点はある。
定期的に作戦が行われる土地として、最低限の住処がナイツロードの手により築かれているのだ。
電気や水道も使えるようになっており、食料もある程度の備蓄が用意されている。
ただ、流石に転移装置などの高価なものはなく、簡易的な通信設備くらいが存在するくらいだ。
その森に隠れたベースキャンプの一室にトレック含む、第六班の面々が集められた。
「む、来たか」
「ただいま到着しました」
「待たせたなおっさん」
「おっさんではない。班長と呼べ」
トレックの軽い態度に苛立つ様子もなく、淡々と訂正を入れるのは痩せ身の男だ。
男は紙タバコの煙をぷかぷかと浮かせながら深く息を吐き、こう言った。
「VICEらしき影が確認された」
「……どこのやつらかしら」
「おそらく、『死』に属するやつらだと聞いた。確証はないが、以前に似たような魔力反応を観測したデータがある」
VICE。
この世界、ユースティアの支配を目論む侵略者達のことだ。
彼らが所属するナイツロードはもちろんのこと、ユースティアに存在するほぼ全ての国と敵対する邪悪そのもの。
ユースティアの人々とVICEの戦いは百年もの間、繰り広げられている。
「最悪ね……」
「よりにもよってそこかぁ……『魔』とかの方がマシだよ」
『死』の派閥。
VICEにおいてもっとも倫理観に欠けた生命の冒涜の権化とも言える存在。
生命であるならば、最も関わり合いたくない存在である、悍ましき異物共の集団だ。
敗北して死ぬまでならまだしも、『死』の派閥はそれを許さない。
誰よりもこの世界での死を知り、死を利用し、死を愛している。
負ければ死ぬより酷い目に合う。
死なない程度に実験材料として一生無限に飼殺されること間違いないと、かつて捉えられていたナイツロード所属のヤツも話すくらいだ。
「へへっ、面白くなってきたじゃねえか」
「冗談じゃない! 僕的には一番関わりたくないよ」
バルタウは苦汁を舐めたように顔にシワを寄せて両手で頭を抱える。
「とにかくだ、やつらにどういう目的があろうと放っておくわけにはいかん。すぐにでも討伐する必要がある」
三者三様の反応を見ながら、班長であるザックは淡々とこれからについて話す。
「そこで、我ら第六班は一、二、三班のバックアップに入る。彼らが目標の殲滅を行う間、周囲の警戒に勤め、不意の事態に備えることになる」
「了解」
「承知したわ」
「りょーかい、要するに黙って見てろってことかい……」
すんなりと了承する二人に比べ、トレックは不満を隠さずにはいられないようだ。
「トレック! あなた、舐めてるんじゃないの?」
「舐めてねえって、そりゃあ戦えねえのは残念だけどよ、別に言うこと聞かないわけじゃねーよ」
「……ッ!」
二人の間に閃光が迸り、今にも殴り合いが始まりそうな状況になる。
犬猿の仲であるトレックとマルチナは散々、こうやって喧嘩をするのだが、バルタウとしてはたまったものではない。
「わー! ちょっとストップストップ! 班長も見てないで止めてくださいよ!」
「では、次の命令があるまで待機するように、解散」
「班長!?」
一縷の望みをかけて班長に助けを呼びかけるが、蜘蛛の糸の如くその望みは切れてしまう。
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昔の文章。供養