いつかの駄文の続きです。
俺は何故か、家(決して自宅ではない)の庭で棒切れを持ち、おっさんと対峙していた。
少女にヘルプの視線を送ってみるが、愛らしい笑みが返ってくるだけだ。
うん、お兄さんがんばる。今、子供だけど。
おっさんは動かない。多分、俺から動くのを待っているのだろう。
……ここで、ジリジリと後ろに下がり、逃げ出したらどう思われるのだろうか。
もちろん男として、振られた勝負から逃げるようなことは極力しないが、少し興味が湧いた。
そう、これは戦術だ。後ろに前進するという斬新な戦法だ。おっさんにこれが読めるかな?
俺は一目散に逃げ、いや、後ろに走り出した。
しかし、回りこまれた。
おっさんは音もなく、残像を残しながらスライドして回り込んできた。
達人か、達人なのかおっさん。戦いたくないよ。
少女を見る。明らかに応援してる感じのフォームだ。
おっさんを見る。自然体で、和やかな雰囲気だ。
手加減してくれそうだし、いっちょやってみようか。
多分、これは修行なのだ。おっさんは弟子とかが欲しくて、俺を拾ったのかもしれない。
ならば、この試練、立ち向かうことが男の義務だ。
よし、行くぞおっさん。
覚悟を決めた俺は、持った棒切れをおっさんに全力で投げた。
俺はそのまま棒の行方を確認せずに、おっさんに向かって全速力で跳んだ。
おっさんは軽々と棒切れを受け止めていた。
その余裕が命取りだぜ、おっさん。食らえ、俺のサンドスプレッド!
俺は、手に握っていた砂をおっさんに投げつけ、そのまま横に回転して頭を蹴り付けた。
しかし、おっさんは達人だった。
刹那の間で俺のサンドスプレッドを一つ残らず、手で摘み、俺の蹴りを棒切れで優しく受け止めたのだ。
化け物か、このおっさん。
「プギモフっ!」
蹴った後のことを考えてなかった俺は、そのまま地面に落ちた。
俺はすぐに立ち上がり、構える。
おっさんは相変わらず動いてない。
「……ちったぁ手加減しろよなぁ」
おっさんは、ひ弱な俺を見かねてか、棒切れを返してくれた。
いいのかい、おっさん。俺はここにくる前は剣道部だったんだぞ? 本当にそうっだったかは知らないが、今決めた。俺が決めた。
俺は大きく踏み込み、全力で突いた。
あっさり避けられる。
切り上げる。
避けられる。
振り下ろす。
避けられる。
……ちょっと、おっさん大人気ないんじゃないの。俺、子供。おっさん、大人。勝てるわけないだろ。
しかし、俺は如何せん男である。男には、避けられない戦いもある。
故に、俺はおっさんに向かって当たるまでこの棒切れを振り続ける。
「ぬおらあああああああ!」
「――」
俺先生の次回作にご期待ください。
結局、俺は、おっさんに見も心も散々に弄ばれただけだった。
お、今日の晩飯はカレー(多分)か。辛口にしてくれ。甘口なんて、情けないことは言わない。
「辛口で。レベル10くらいで」
「――?」
要望を差し出してみるが、当然通じない。知ってた。
三人が食卓につき、食事を取り始める。
どうやらこの世界には、『いただきます』を言う習慣がないようだが、日本男児の俺はもちろん言う。
食べ物に感謝することは、生ける者として大事なことだ。
……ふむ、今日のカレーは鶏肉(多分)か。我が家はいっつもビーフカレーだったな。記憶はないけどそうだったに違いない。
ふんふん、甘口か。辛さがないとカレーって感じがしない。
でも、このカレーは美味いな。優しい味がする。とってもフレグランス。
美味いよ。尖り耳少女。
「――!」
俺が美味そうに食べるのを、ニコニコして本日の料理人である少女。実にかわいくてグッド。愛らしいぞ。
おっさんも豪快にカレーを食っている。バキュームカーの如く、カレーを胃に吸い込んでいる。
……って、のんきにカレー食ってる場合じゃないだろ俺。
なんで当たり前の顔して、家族団欒の輪を作り出しているんだ。
俺がこの家に来てから、三日は経っているんだぞ。
なのに、未だにこの二人の名前を知らないというのは、馬鹿にもほどがある。
そう、俺たちは出会って一週間も経つというのに、自己紹介の一つもしていないのだ。
言葉の壁があることは確かだ。しかし、名前くらいはボディランゲージを使うことで、伝え合うことができるはずだ。
レッツ、自己紹介!
俺の名前ってなんだっけ。
そう、俺は記憶喪失だった。言葉の壁以前に、俺には名前がなかった。
俺は諦めることにした。
自己紹介ができないなら、二人の会話からそれっぽい名前を探すことにしよう。
あれから半年が経ち、二人の名前に確信を持つことができた。名前を知るだけでも相当な時間を必要とする。異世界転生は地獄だぜ。
少女の名前はリルシャ。
おっさんの名前はイゾウ。
俺の名前はいつの間にかゼンジに決まっていた。
異世界感がない和風ネーミングだった。お米食べたい。ちなみにお米は普通に食卓に出る。食料事情は豊かなのだ。
俺はようやく二人の喋る内容を完璧とまではいかないが、理解できるようになってきた。
この一年、結局住み込んでしまったが、それはもう仕方ないことだと思っている。
この二人は何故か俺に十分に愛情を注いでいることがわかるし、ここは俺だけではどうしようもない世界だとわかったからだ。
というのもこの世界、魔神世界バルタイナムは魔族が支配する世界とのことだ。
そしてこの二人は、魔族であり、この世界における魔王の一人の配下らしいのだ。
魔族、魔王。なんとも禍々しい響きではあるが、この世界の魔族や魔王は特別に邪悪な存在ではないようだ。
だが、魔族というものは基本的に戦闘を好む性質があり、喧嘩を積極的に売買するのは当たり前。
見物人も好んで煽るという有様だ。
そんな世界で、幼くか弱い存在の俺が外を一人で出歩いたらどうなる?
無残なボロ雑巾に早代わりだろう。
ということで俺は、俺含め三人での生活に馴染んでいったというわけだ。
ここ一年でのいつもの日課は、おっさんこと鬼のイゾウとの修行だ。
イゾウさんは、このバルタイナムにおける魔王の一柱ゼギナジャ・エギトルナスの親衛隊だった過去を持つおっさんだ。
それはもう、すさまじく強い。
毎日毎日俺は飽きずにこのイゾウさんに真正面から……ではなく、ふと思いついた奇策をバンバンぶつけていっている。
修行が終われば、エロエロロリっ子(別にエロくない)リルシャたんが腕によりをかけて作る料理の数々を食す。そのレパートリーは和食、洋食、中華もなんでもござれといったところだ。巨大な蟻の丸焼きが出たときは正気を失い、イゾウさんの髭を毟りとってしまったが、今ではそれも笑い話だ。
毎日が平和だ。修行して飯食って。修行して飯食って。修行して、飯食って、しかしてないな俺。
家から外にもまったく出てない。運動はしてるが、完全に引きこもり状態だった。