深夜のテンションで書き連ねた文章。
ここはどこだ。
周りには青や赤の葉っぱを持った木々が立ち並んでいる。簡単に言うと気色の悪い不気味な森だ。
どうやら空だけは健全のようで、木々の合間からは、青い空が見える。
俺はさっきまで、のんきに学校から帰っていたはずだった。
何か体に衝撃があったと思った後、気づいたらこのセンスのない色彩の森の中に立っていた。
意味がわからない。現状に理解が追いつかない。
まるで脳みその中に、針でも仕込まれたように頭が痛む。体も不自然に痙攣を繰り返すだけで、何一つ自由に動いてはくれない。
ぼんやりとした意識の中で、原因を探るがそのたびに頭が痛む。
原因も探せない。動けない。声も出せない。
これじゃあどうしようもない。
あーあ、眠い。よし寝よう。はい、仕方ない仕方ない、お休み。
目が覚めたら、周りの風景が変わっていた。
どうやらここは、家の中のようだ。
大体の家具は木でできており、
俺は今、柔らかい物の上に寝ている状態らしい。視線の高さからして、おそらくベッドだろう。
しかし、相変わらず体の自由は利かず、頭痛も止まない。
動けー。動けよー。そーれそーれ。
ああ、馬鹿になってきた。馬鹿なんだ俺。
でも、体は相変わらず動いてない。あーあ。
「――――――」
いつの間にかベッドの傍らに、おっさんが立っていた。
短い髪は血のような赤で、顔は厳つい。まるで鬼みたいだ。というか頭に二本ほど突起が生えている。鬼だ。
鬼のおっさんは、何度か俺によくわからない言語で話しかけてきた。
ごめん、おっさん。何言ってるのか全然わかんないっす。
でも、おっさんは満足したらしく、数回頷くと部屋から出て行った。
多分、あのおっさんが、俺をここまで連れてきてくれたのだろう。
見かけによらず、いい人だ。なんか頭に突起あるけど。
……頭に突起。頭に突起ってなんだよ。鬼か。鬼なのか。本当に鬼なのか。
最初の森といい、鬼っぽいおっさんといい、俺のポンコツボディといい、意味のわからないものが増えていく。
なんとなくわかるが、これを夢以外とするとここは、日本じゃないということになる。
つまり異世界。地球じゃない。とってもファンタジーワールド。
いやいや、ないだろう、と思いたいが、それ以外に特に思いつかない。
もしかしたら夢かもしれないし、夢じゃないかもしれない。
つまりここは異世界。すっごくファンタジー。
あれか、俺は日本から呼び出された選ばれし者、世界の救世主です。さぁ、がんばって魔王を倒しましょう。みたいなそんな展開が待っているのか。
でも、今のところ鬼のおっさんとしか触れ合えてない。わざわざ森に連れて来た人が、どんなやつかもわからない。
調べようにも体が動かない。考えようにも、頭が働きたくないと主張する。
あー、面倒臭い。面倒だ。
「――――――」
「―――」
いつの間にかおっさんが、一人の女性を連れてきて会話をしていたようだ。
女性というよりは少女、と言った方がそれらしい。
亜麻色の髪の少女の耳は、削った鉛筆のように、尖りに尖っていた。エルフか。エルフなのか。
少女は俺の顔を見てニコニコしつつ、頭を撫でてきた。うっひょうやったぜ。
まるで、少女は俺のことを子供扱いしているようだ。一応アレだ。俺、十代後半くらいの男の子のはずだから、ちょっと照れちゃう。
見守るおっさんの目も、なんとなく柔らかい雰囲気だ。
うーん、この状況どういうことなんだ。
突起の生えたおっさんと、尖った耳の子。
彼らと共に、和やかリラックス空間を作る俺。
俺はそんなに癒しオーラを持っている人間だったのか。
頭を撫でられる内に、また眠気がやってきた。
拾ってくれた彼らに対して、俺は現状何もできない。うーん、恩知らずな俺。
何もできないのは仕方ない。動けるようになったら礼を返せばいいのだ。
そうと決まったら寝よう。
そうして俺は目蓋を閉じた。
おはよう。エブリワン。俺は元気です。おはようおはよう。
起きればまた同じベッドだ。今更だが中々フッカフカだ。
体は……動く。頭も痛くない。寝る前が嘘の様に快調だ。
俺はベッドから動くことにし、
「えんぼぉ!」
ベッドから落ちた。
痛くはないが、驚いた。
なんとこのベッド。俺の身長ほどの高さがあったのだ。更にはそのベッドの全長は、俺の身長の何倍もの長さを兼ね備えている。
よく見れば家具の全てが、俺が見上げるほどの高さがある。
この巨大な家具たちの持ち主であろう鬼のおっさんや、少女はそれ相応のでかさということになるな。ここは巨人の世界だったか。
ふと自分の手のひらを見ると、なんとまぁその愛らしいこと。幼児のようなぷにぷにな手だこと。
足もぷにぷにで柔らかそうな足だ。まるで子供。……子供。
ほう、つまり俺は子供になっているのか。そう考えると納得だ。実に納得。
できるわけない。目が覚めたら子供になってました。よろしくっち! 馬鹿か。馬鹿だろう。ありえない。
しかし、ここは恐らくファンタジー。何があっても「ファンタジーですから」の一言で片付く素晴らしい世界だ。
「ふぁんたしーでうあら」
試しにご都合主義の呪文を唱えたら、出てきた声は子供の声。あらやだ。かわいい。
誰だよこれは。俺の声じゃないじゃん?
俺の声はもっと逞しいってほどでもなく、貧弱ってほどでもない、まさに十代後半男性のお手本のような声だったのに。
口を開けばこの声だ。ガキか俺は。
……はい、この状況を省みるに、俺は子供になっているようだ。困るわ、ファンタジーのあの畜生。殴りたい。
「ふぇーい、あんよはじょーず! あんよはじょーず!」
子供になった記念にレッツダンシングだ。
俺は、幼子とは思えないほどの細やかで華麗なステップを決める。
すごいぞ、俺。すばらしい動きだ。キレッキレだ。
こんな滑らかかつ、美しくキレのある動きは今世紀初だ! グレート! ファンタスティック! ファナスティック!
「あんYOはジョーズ! あんYOはジョーズ!」
ホップステップジャンピング! ホップステップジャンピング! 素晴らしい動きだ。俺選手! 自分の名前が思い出せないが、今はそんなことどうでもいいのだ。
今はホップしてステップ。最後にジャンピングを決める。それだけが、俺という存在の至高の目的だ。
それから幾分かの時間、俺は踊り狂った。
汗が舞い散り、陽光で煌めく。俺の桃色頭髪が空を薙ぐ。
――終演の時は近い。
俺はフィニッシュを飾るため、更に激しく踊った。
大きく、強く魅せつける。美しく、魅力的に飾る。
踊る内に俺はある一つの事実を発見した。
熱く、己の肉体と戦う間に見つけた、たった一つの大切なことだ。
しかし、踊る。今はただ踊った。
そして、最後のそのとき、
「きおくそーしちゅじゃーん!!!!」
悲しみと驚愕、それとちょっぴり興奮が入り混じった、決めポーズで終幕見せつけた。
そうだよ。なんで俺ここまで気づかなかったんだ。何一つ自分に対して、具体的な情報なんて出てこなかったのに。
なんで気づかなかったんだ。
「――――!!」
膝をついた俺に手を叩き合わせる音が聞こえる。
拍手をしていたのは、耳が尖った少女だった。
どうやら俺の熱きダンシングを見ていたらしい。
……とても、つらいとです。羞恥プレイは好きじゃないんだ。
何事もなかったように、ベッドへよじ登ろうとしたところを、少女に捕らえられる。
こら、子供になったとはいえ、多分お兄さんは十代後半、性欲ギンギンお兄さんだぞ。あ、柔らかい。小さな柔らかな何かが。
しかし、何も情動は沸いてこない。性の証もキッズになってしまっているのだ。少し、ショックだ。
俺は抱きかかえられたまま、部屋から連れ出された。
辿り着いたのは、突起の生えたおっさんの元だった。
おっさんは、美味そうなパンを食っていた。パンは俺も好きだ。特にパンツとか。
「――――」
「――――」
抱きかかえられたまま、おっさんと少女が机を挟んで、和やかに話し始めた。
どういう状況なのかさっぱりわからんが、俺はこの先どうなるんだろうか。
この癒し能力を持つ(多分)俺ならば、このまま子供として養ってもらえる気がする。
しかし、だ。それは日本男児としてどうなんだ。
どこだここー。えー異世界ー? 僕、子供ー? 拾ってもらったから助けてくれるの? やったー。
馬鹿か。馬鹿やろうか。俺は。なんて恥ずかしい男なんだ。許されるべきじゃないぞ。俺よ。
さぁ、立ち上がれ! 俺! ふんぬッ!
腕から脱出しようともがくが、この少女、中々に手ごわい。
「――?」
きょとん、とした少女はすぐに笑みを浮かべ、俺の頭を撫で回した挙句、俺の頬に頬をすりすりとした。
こんなことされたら止まるしかないだろうが!
「――!」
何を勘違いしたのか、少女はおっさんからパンを奪い取り、俺の口に近づけてきた。
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。ほら、おっさんも厳つい顔でこっち見てる。パン返してやれよ。
おっさんが俺を見て、頷いた。それゴーサインか何か? 食べていいの? 食べるよ?
香ばしい匂いを漂わせるパンに齧り付く。咀嚼。うん、美味い。
フワフワして甘い。お菓子のようなパンだ。おっさん、そんな見た目でこんな甘いもん食べてたのか。意外だ。
じゃなくてだね。
「――!」
そうこうしてる内に、話がまとまった雰囲気になっていた。パンも俺の胃の中に全てまとまった。
しかし話はまとまっていないはずだ。ちょっと待とう。おじさま、お嬢様のお二人さん。俺とも意思疎通しようよ。
そのままベッドに連行される俺。
え、なに、ちょっとどうなるの俺。
ニート? 俺、子供ニートになるの?
なんだかんだで、次の日になっていた。
昨日、俺が占拠していたベッドの上には、尖り耳少女、俺、突起物おっさんの三人が寝ていた。
仲良しかお前らは。出会ってすぐに同じベッドで寝るなんて、尻軽すぎじゃないの?
俺はそうじゃない。硬派を地で生きる男だ。ベッドを共にするやつは、運命の先に出会う一人でいい。
俺は二人を起こさないように、そろりとベッドを抜け出し、部屋を出た。
子供だからといって、油断しすぎだろ、あの二人。
明らかにいい人たちだ。だからこそ、このまま世話になるわけにはいかない。
だが、俺は未だここがどこなのかも知らない。どうやら異世界らしい、という情報しかない。
このままではただの子供として、守られるだけに生きていくことになる。
それは、駄目だ。俺はそれなりに大人に近づいていた。はずだ。
恩を受ければ、恩を返さねばならない。それが大人だ。
今のままでは、何もできないのも事実。甘んじてこの状況を受け入れるしかない。
ひとまず、外がどうなっているのかを見たい。
近くの窓から外の景色を見ようと思ったが、背丈が足りない。
なので俺は、跳んだ。
そして、そのまま天井に頭をぶつけた。
「うぉんてゅ!」
昨日のダンシングフィーバーのときに気づいたのだが、俺の身体能力は人間の子供のそれではない。
髪の毛も桃色になって、ファンタジーと言うか、ファンシーなことになってるし、そもそももう人間じゃないかもしれない。
気を取り直して、窓枠に掴まれるくらいに跳んだ。
外の景色は、町があった。
石造りの家が立ち並び、まさに剣と魔法のファンタジーらしい町並みだ。
中々、綺麗な町並みだ。
「―――」
後ろには、いつの間にかおっさんが立っていた。
ごめん、おっさん。やっぱり何言ってるかわかんないよ。
何言ったのかは知らないが、おっさんはそのまま他の場所に向かっていった。
……鬼だのエルフだのに加えて、ファンタジックな町並み。カラフルな森。記憶喪失の俺。
先行き不安過ぎて、たまったもんじゃない。
どうしろってんだよ。
気分で続かない。