旧ナイツロード 第四話 決意

 

 

 

 暗く沈んだ部屋に、あらゆるものを凍りつかせるような、

すさまじい冷気が漂っている。

 その中心にいるのは、二人の男。

 白銀の輝きを放ち、流れるような艶やかな髪を持つ少年

――レイド・アーヴァント。

 彼の両手には、髪の色とは正反対の、鈍く、そして重く黒光りする

大型のハンドガンが握られている。

 二丁一対の武骨な銃は、見る者に確実な死のイメージを与える。

 そして、その銃口は、部屋の中にいるもう一人の男

――ナイツロード団長のレッドリガの後頭部にぴたりと合わせられていた。

 このままレイドが引き金を引けば、その銃口からマズルフラッシュを

瞬かせながら放たれた銃弾が、

一瞬でレッドリガを物言わぬ肉塊へと変貌させるだろう。

 しかし、そんな状況に追い込まれているにもかかわらず、

レッドリガはただ口元に笑みを浮かべているだけだった。

「それで? 今日は一体、どんな用件で私に会いに来たんですか?」

 いつも通りの軽い口調で、

レッドリガは背後に立っているレイドに問いかける。

 その態度に対して不快感をあらわにしながらも、レイドは返答した。

「別に。ただ、二、三、質問に答えてほしいんですよ。それが終われば、

この場で処刑してくれても構いません。……どうですか?」

「いいですよ。その話、乗りましょう」

 頷いて即答したレッドリガは、

後頭部に押し付けられている二丁一対の拳銃のことなど気にせず、

椅子に深く座ってくつろぎながら、レイドの言葉を待ち始めた。

「あなたは、今回の任務の内容を知っていましたか?」

「ええ。そもそも、これは私があなたたちに回した任務ですから」

「……そうですか。じゃあ、次。

あなたは、資料の中の機人兵のスペックと、実際に配備されている

機人兵のスペックに大きな違いがあったことをご存知ですか?」

「ええ。そうでもしないと、

エレク君があんなに大怪我するわけがないですから」

 相変わらずの薄い微笑を口元に貼り付けたまま、

レッドリガは質問について答えていく。

 それらを聞き終えてから、レイドはゆっくりと口を開いた。

「やっぱり、ですか。……ということは団長、

あなた、なにか今回の件について知ってますね?」

「どうして、そう思ったんですか?」

 レッドリガの問いかけに、レイドは鼻を鳴らしながら答えた。

「よくよく考えれば、

今回の件はあなた以外には上手く仕込める人がいないんですよ。

依頼の内容はあなたが一度目を通したものですし、

この依頼は僕たちが受注したものではなく、

あなたが直接発行してきたものです。

だとすれば、あなたは依頼内容を知っていた上で僕たちに回し、

さらには資料の改竄まで行っている。

ここまで考えれば、あなたが黒幕、

もしくはそれに近しい人だという結論に至るんです」

 そこで一端言葉を切ってから、

レイドはもう一度、レッドリガの後頭部に

強く銃口を押し付けながら口を開く。

「それに、僕の中ではあなたは最初から『黒』だったんですよ」

「これは手厳しい。……まったく、困ったものです」

 追い込まれているはずなのに、

全く普段の人を食ったような態度を変えないレッドリガ。

 その様子に酷く顔を歪ませながらも、レイドは最後の質問を繰り出した。

「最後の質問です。あなたは、エレクを殺すつもりでしたか?」

「……はい。ですが、それもしかたのないことで、」

 レッドリガの言葉はそこで途切れた。

なぜなら、レイドの両手に握られた二丁一対の大型ハンドガンが、

轟音を立てて死を乗せた弾丸を打ち出したためである。

 ごとり、というなにかが斃れるような音が部屋中に響く。

 その音の発生源に向かって、レイドは吐き捨てるように言葉を放った。

「あなたは僕の敵だ。だから、僕自身の正義に従って、

あなたを殺しました。……恨まないでくださいね」

 しばらくの間一点を見つめて立ち尽くしていたレイドは、

くるりときびすを返すと、部屋の出口に向かって歩き始めた。

   

 そう、歩き始めたはずだった。

   

 しかし、実際にはレイドの足は一歩たりともその場から動いていない。

 強大なプレッシャーが、レイドの全身を包む。

「ど、どうして……?」

「残念でしたね、私を殺すことが出来なくて。

まあ、あの程度の攻撃は私には通用しませんが」

 暗く、一歩先を見通すのがやっとの部屋の中、

レッドリガの言葉だけが、まるで神の啓示のごとく響く。

「さあ、あなたの正義とやら、完膚なきまでに叩き潰してあげましょう」

 その言葉を境に、室内の温度がさらに冷え込んだ。

 白と黒、あらゆるものが正反対の二人の戦いの幕が、今、開かれる。

 

 ナイツロード。

 小規模ながらも多大な売り上げをたたき出している

名うての傭兵団である。

 海上には『機動要塞』という異名を持つ本部があり、

陸上にも三つの支部を持っている。

 そんなナイツロードを一手に切り盛りする男

――団長、レッドリガ。

 彼の部屋は普段は小奇麗にまとめられ、

置いてある観葉植物が鮮やかに映える、

傭兵団のトップとは思えないほど美しい部屋だ。

   

 ――そう、普段なら。

   

 今の彼の部屋を表すならば、地獄。

 まさしくこの言葉が当てはまるだろう。

 部屋の壁は削れ、天井には穴が開き、机と椅子は粉微塵になり、

観葉植物は引き千切られている。

 所々で炎が上がり、部屋に取り付けられたスプリンクラーが、

消火のために薬剤の入った水を撒き散らしている。

 そんな中を、レイド・アーヴァントは逃げ惑っていた。

 様々なルートを通って逃げるレイドの影を追って、黒い極光が走る。

 直撃を受ければ致命傷、良くて手足が消し飛ぶという、

すさまじいレベルのオーラは、レイドの反応を楽しむように、

ゆっくりと迫ってきていた。

 遊ばれている。

 しかし、レイドはそれが分かっていても、決して諦めはしなかった。

 黒い極光を視界の端に収めながらも、ある一点を視界から外さない。

 そこは、戦闘開始直後にレッドリガが作り出した大穴だった。

 とにかく、そこから外へ逃げ出す。

 それが、レイドが取ることのできる、最善の策だった。

 戦闘前には『処刑してくれても構わない』と言ったが、

そんな口約束を守る気など毛頭無い。

 もはやレッドリガが何者かと繋がっている事が分かった以上、

ここにいる意味は無い。

 エレクにこのことを伝える、それこそが彼の勝利条件だった。

「くそっ!」

 レイドは悪態をつきながら鋭角なターンを決めて、

今までとは逆の方向へと走り出す。

 その直後、急に速度を上げたレッドリガの放つ極光が、

先ほどまでレイドの走っていた部分を通り抜けていった。

 先ほどから、このやり取りが続いている。

 レイドが出口へと近付けば極光で牽制し、

そうでないときは狩人のように、ゆっくりと後ろから付け狙う。

 まるでメビウスの輪のように、同じところを堂々巡りしているだけで、

事態はまったく好転していなかった。

 それでも、レイドは生き残るために、

様々なルートを通りながら出口を目指す。

 服が水を吸って重くなる。

 火が回り始めたせいで酸素濃度が薄くなり、

二酸化炭素の濃度が上がってきている。

このままでは、いくらレイドが『普通』とは違うとしても、

いつか終りがやってくるだろう。

 しかし、レイドは諦めていなかった。

 頭の中で部屋の見取り図を思い浮かべ、

最後の一瞬まであがけるように策を考える。

 それからもしばらく逃げ回った後、ついにレイドが足をもつれさせた。

「がっ……!」

 水浸しの床に倒れこんだレイドは、

立ち上がろうとするものの腕に力が入らず、

無様に這い蹲ることしか出来なかった。

 黒い極光も、そんなレイドを弄ぶように速度を落とし、

じりじりと焼くようにしていたぶっていく。

 しばらくして、ついにレイドは上半身すらまともに動かせなくなった。

 這い蹲ることも出来ずに、ただ足の力で仰向けに転がるだけ。

これが、レイドにできる最後の動きだった。

 彼の視線の先には、脱出するために向かっていた穴から覗いている

青空が、まるで別世界のように広がっている。

 しばらくその光景を見つめていたレイドの足元に、

レッドリガが歩いてきた。

 先ほどまでレイドを追い詰めていた黒い極光は、

鞭のようにしなりながら、地面に向けて垂れ下がっている。

 口元を歪めながら、レッドリガはレイドに声をかけた。

「あと少し、惜しかったですね。

いやはや、それにしても、よく頑張りましたね。

最後に、何か言いたい事はありますか? 遺言ぐらいは聞いてあげますよ」

 レッドリガの言葉に、レイドは彼と同じように口元を歪めると、

掠れた声で、小さいながらも、しかしはっきりと、こう言い放った。

   

「……僕の勝ちだよ、この……クソッタレ」

   

 瞬間、レイドの脚部、腰部、背部から一斉に

   

二基ずつを搭載したスラスターが現れた。

   

 スラスターは瞬く間に点火し、光の尾を引きながら

すさまじい推力を生み出す。 

 そのまま、レイドは視界いっぱいに広がる青空に向かって

飛翔した。

 遠く、遠く、どこまでも広がる大空へと。

 レッドリガは、レイドの発する光の尾を見つめながら、

一人、小さく呟いた。

「上手く、いくといいんですけどね。……まったく、困ったものです」

 くるりと踵を返すと、レッドリガは小さく微笑んだ。

 

   ~~~

 

 俺に頭を冷やしてこい、って言って部屋を出て行ったレイド。

その言葉を聞いた後、色々あったりはしたものの、

とりあえず結果だけ言うと、奴を待つこと、実に九時間。

確かに頭を冷やせとは言われたけど、

さすがにレイドの奴も時間を掛けすぎだと思う。

 医務室に取り付けられている小窓からは、

月明かりが反射して、

キラキラと満天の星空を映す海の姿を見ることが出来るし、

団内ラジオでは、ランランのアニメチックなキャピキャピとしたボイスが、

午後七時を三十分ほど過ぎたことを知らせている。

 ユウキの奴は、

今頃このラジオを狂喜乱舞しながら聴いているのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えられるくらい、

俺の頭は冷え切っていた。

いや、もはや絶対零度の冷たさといえるかもしれないな。

 とにかく、そんな絶対零度に覆われた俺の心の表土の下で、

レイドに対する怒りが地球の中心核よろしく熱く煮えたぎっていると、

部屋に常備された来客者を示すランプが、ちかちかと点灯しはじめた。

 ……このランプ、使われたのって初めてじゃないっけ?

あれ? レイドとか、ウチモトとか、ヤベとかって、

どうやってこの部屋の中に入ってきてたんだ?

 ……俺のプライベートポリシー、ちょっと安すぎないかなぁ!

……はぁ。全然笑えねー。

 多少落ち込みながらモニターに目をやった俺は、

そこに写っている人物を見てさらに落胆した。

 なぜなら、そこに写っていたのが、

待たされていることに対して、

非常に不満気な顔をしている女の子。

すなわち、ルナだったからだ。

 扉を開けるべきか開けないべきか一瞬悩んだが、

待たせすぎるとルナの不興を買ってしまうので、

インターホンとなるボタンを押して、さっさと中に入るように伝える。

 パシュー、という機械的な音を立てて開いた扉から、

カツ、コツ、という硬質な音が近付いてくる。

 あちゃー、相当怒ってんなぁ、アレ。

 扉を開いてしまった過去の自分に対して、

ちょっとばかり後悔の念に駆られていると、

シャッとカーテンが開いて、ルナの不機嫌そうな顔が見えた。

 ルナはそのまま俺に某団長のごとく指を突き出すと、

開口一番、こう言いやがった。

「どれだけボクを待たせれば気が済むの! 

人が折角来てあげたっていうのに……。エレク、罰金!」

 な、なんつー理不尽な言い分だよ。

……まぁ、本気で言ってるわけじゃないんだろうけどさ、

第一、開けるかどうか迷ったのは一瞬だし、

そこまで怒られるほどのもんじゃねぇよ!

 俺は怨嗟の視線をルナに向けるが、

そんなもんどこ吹く風とばかりに受け流して、

グーロのほうに向き直った。

 ……くっ、この、いちいちムカツク奴だなぁ!

 もはや突っ込むのに疲れてきた俺は、

ルナとグーロが何を話しているのかに意識を傾けた。

「……というわけなんだけど、レイドがどこにいるか知らない?」

「……知らんな」

「そっかぁ」

 どうやらレイドの奴を探しているらしい。

 ……ケッ、いちゃつきやがって!

 心の中で一人恨み言を言っていると、

ルナの奴がこっちに向き直ったのが見えた。

 その顔はメチャクチャ不機嫌そうで、

『嫌だけどしょうがなく聞いてあげる』ってなオーラを振りまいている。

 ……チクショウ、最近、俺の扱いが酷い気がするなぁ。

 そんな俺の心の動きなど露とも知らず、

ルナは嫌そうな顔をはっつけたまま、

俺にぺらぺらと聞いても無いことを喋ってくれた。

 その内容は、新兵器の設計がどうとか、発注がどうとか、

開発のための出納記録がどうとかと、色々言ってはいたが、

結局のところ、

「いとしのレイドキュンが見つからないの。どこにいるか知らない?」

 というものだった。

 当然、俺の答えは「知らない」というものであり、

その答えに対してルナの奴は何のコメントも残さなかった。

 っていうか、俺らもレイドが帰ってくるのを待ってたんだけどなぁ。

……ホントにアイツ、どうしたんだ?

 俺が首を捻っていると、

ルナの奴が部屋を出て行こうとしていたのが見えた。

 思わずルナの背に、俺は声を掛けていた。

 言わなきゃいけないことがあったのを思い出したからだ。

特に他意は無い。無いったら無い!

 とにかく、俺はルナを引き止めたってことだ。

「おい! レイドの奴なら、後でここに来るって言ってたから、

待ってりゃ会えると思うぞ?」

 その言葉に、ルナは足を止めて振り返った。

 なんだか恥ずかしそうにしながら、こっちを睨みつけてくる。

「ま、まぁ、出納記録の管理なんかは後でいくらでも出来るから、

たいした用事じゃないわ。

それに、ここに来たのは、その……

エ、エレクが、元気になってるかどうかを確かめに来たわけで」

 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

「………………………………はぁああ!?」

 きっと今の俺はすごい顔をしているんだろう。

 でも、あのルナだぜ? 俺のことが大っ嫌いなあのルナが、

俺の心配をしてるなんて、明日地球が滅んだとしてもおかしくないレベルの、

超すごいことじゃねぇか! これを驚かずして何を驚けというのか、

俺には皆目検討もつかねぇや。

 そんな俺の驚きようを見て、恥ずかしさが頂点に達したのか、

逃げるように帰ろうとしているルナ。

 ヤバイ! 今帰られちゃ困る!

 俺は焦りながら、さっきと同じようにルナを呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「なによ!」

 ひょ~う、おっかねぇ。

 逃げ出したいのに逃げ出せない、

まるで見世物のような状態にさせられたルナは、

肩をブルブルと震わせながら、俺の言葉を待っている。

 ……とにかく、今言わないといけないことがあるから、

呼び止めたけど、すげぇ緊張するな、これ。

ルナの気持ちが良く分かったわ。

 落ち着くために深く深呼吸をする。

 ……一回、二回。

 …………よしっ。

「ル、ルナ、その、ありがとう、な。俺の心配してくれて。

……それとさ、ごめん。あの時は、ちょっと調子乗ってた。

怖い思いさせて、本当にごめん。それでさ、俺、あの間中ずっと考えてた。

どうやって謝ろう、って。俺はさ、あまり人に自慢できるモンを持ってない。

だからさ、俺決めたんだ。俺にも出来る、一番の方法を」

 とりあえず、そこまで言い切ってからもう一度深呼吸をする。

 心臓が痛いぐらいに早鐘を叩いている。

 顔が羞恥で紅く染まる。

 ルナはどうやらじっと聞いてくれているみたいだ。

 早いとこ終わらせよう。

   

「俺は、お前を守る。頭の悪い俺には、これぐらいしか思いつかなかった。

だから、これで償う。どんなときでも、お前をレイドのところに帰してやる。

だから、どうか許してくれませんか」

   

 俺は、痛む体をおして、ベッドから降りる。

 そして、深々と頭を下げた。

 しばらくその体勢でいると、頭上から声が降ってきた。

「……はぁ。エレクって、本当にバカだよね。

頭悪いし、人の気持ちを考えないし、負けず嫌いで、ガキっぽい。

人の言われたくない部分をいじり倒すし、全然悪びれないし。

なんでこんなヤツと仕事しなくちゃいけないんだろう、って思った。

   

でも、悪いヤツじゃない。

   

だから、ボクも、レイドも、グーロも、皆、信頼してる。

……つまりっ! 何が言いたいのかというと、

その、あの、えっと……。

~~~~っ! 後は言わなくても分かるでしょ!

ボクは帰る! じゃあね!」

 カツ、コツ、と音を立てながら帰っていくルナの背を見ながら、

俺はもの凄い達成感に包まれていた。

 ついに、ついに言った! ずっと胸につかえてたものがなくなる感じ!

たまらねぇっ~! 

 俺はベッドに倒れこむと、

なんとなく来客を知らせるモニターを見た。

 そして、そこに写っていたものを見て、今までの気分は全部吹っ飛んだ。

 なぜなら――

   

 ――ボロボロで、瀕死の重態を負ったレイドが映っていたからだった。

 

 あまりの事態に、俺の脳は一瞬まともに機能しなくなった。

 だってレイドだぜ? 俺たちの中でもトップクラスの実力を持ってて、

今日の昼前には元気な姿でここから出て行ったはずのあいつが、

何で九時間ちょっとでこんな死にかけになってんだよ!?

 考えても考えても答えは出てこなくて、結局俺にできたことと言えば、

必死でレイドの治療をしているルナの姿を眺めることだけだった。

 グーロも、俺と同じように動きが取れないみたいだ。

 こんなときに考えるべきじゃないのかもしれないけど、

モニター越しにルナを眺めていると、

恋する乙女ってのは本当に強いんだな、ってしみじみ思う。

 こんな風に固まってる俺たちと違って、

とっさに治療を始められるくらいには動けるんだもんなぁ。

 結論を先に言えば、ルナの治療は効果がなかったわけじゃないが、

レイドの意識を取り戻すことは出来なかった。

 それでも、ルナの治療が無けりゃあレイドは死んでたらしいけど。

 とにかく、この件も含めてではあるけど、

レイドが目覚めるまでの二週間の間、

俺たちに降りかかった不幸はこんなもんじゃなかった。

 そう、これはまだ、序の口にしか過ぎなかったんだ。

   

   

 レイドが倒れてから三日ほどたった。

 その間付きっ切りで看病していたルナは、

さっき電池が切れた玩具みたいに眠りに就いた。

 医療班のやつらが言うには、ルナの容態も相当悪かったらしい。

 精神的ショックと肉体的疲労から来るストレスで、

ヤバイくらいに衰弱していたのだという。

 ルナがそんな風になっている間、

俺とグーロが何をしていたのかと言えば、いつもと変わらず、

依頼を淡々とこなしていた。

 俺とグーロが寝込んでいたせいで、

俺たちの部隊に回された仕事がかなり溜まっていたので、

それを消化しなきゃいけなかった。

 本来ならレイドとルナも一緒にやるはずだった依頼を、

鎮痛剤で無理やりに痛みをごまかして、

二人で馬車馬のごとくこなしていたから、当然ながら、

グーロはまた病室送りになった。

 ルナは衰弱で動けず、レイドは意識不明。

グーロは体がメチャクチャになって、俺だけが唯一動けるものの、

いつグーロと同じ状態になるか分からない爆弾持ち。

 事実上、俺たちの部隊は壊滅状態になった。

 もちろん、俺たちよりも酷い条件下で仕事をやってる部隊もたくさんある。

二人だけで俺たちの倍以上の依頼を受けている部隊なんて珍しくも無い。

 だったら、俺たちが同じように動けるかといえば、

そんなことは絶対に不可能だ。

 彼らと俺たちでは、戦力に絶対的な差がある。

 二人だけで大量の依頼をこなす部隊なんかは、

基本的に個々人の戦闘能力がレイド並みの奴らばっかりだ。

 ウチの部隊もレイドとグーロという、二人の凄腕がいるのはいるが、

その分、俺とルナというお荷物を抱えている。

 そうなれば、戦力の差なんてものは、相当な開きが出る。

 でも、だからと言って仕事を放置していいわけがない。

 ナイツロードは傭兵団だ。

 金をもらって、金を渡して、信用と実績の上で成り立っている。

 つまり、絶対的に動けないチームというのはいらないのだ。

 実力主義。実績が全て。

それが、この業界においての絶対の法則であり、守るべき秩序だ。

 つまり、ここまでグダグダと並べ立てて何が言いたいのかといえば、

   

――俺たちの部隊に、解散要求が届いた。

   

 これがレイドが倒れてから四日後のことで、期限は十日間。

 その間に売り上げを元に戻すことが出来なければ、俺たちは解散――

――つまり、クビだ。

 今、動けるのが俺一人の状態でこの要求が出されたのは、正直に言えば、

かなりキツイ。事実上のクビ宣言だ。

 それでも、たとえ無様でも、足掻きに足掻いて、足掻きまくるしかない。

 ルナを……いや、ルナだけじゃない。

 皆を守るって、俺は決めたんだ。だから、諦めてたまるか。

 絶対に、何とかしてやるからな。待っててくれよ。

   

  

 ナイツロード団長室。

 四日ほど前には地獄絵図が再現されていたその部屋は、

今ではすっかり元通りになっている。

 小奇麗にまとめられ、

観葉植物がアクセントとなっている明るい部屋の中には、

四日前のような、

一歩先すら見通せないような暗さはどこにも存在していない。

 そんな光が溢れる部屋の中、ただ一人だけ黒衣に身を包んだ壮年の男が、

モニターを凝視していた。

 モニターに映っているのは、一枚の用紙を握り締めた、

青白い髪の少年の姿だ。

 少年の姿を凝視しながら、黒衣の男――ナイツロードの団長にして、

レイドに傷を負わせた張本人でもある男、レッドリガ――は、

唇の端を僅かに吊り上げた。

 歪に歪んだその口から、小さな声が漏れ聞こえてきた。

「さあ、彼の中の『獣』がどう動くのか、実に楽しみですね」

 彼は一人、小さく嗤う。