――世界に超能力が生まれ、科学が進歩してからというもの、地球の環境は旧世紀のそれと比べて、格段に速いスピードで変化していった。
人が住む都市部では、繁栄の限りを尽くしてはいるが、その影には、世界的な気候変動が隠されているのだ。
そんな気候変動の煽りを受け、もはやあらゆる生物は死に絶え、生き抜くことができなくなった土地の一つ――アラスカ。その永久凍土の中、氷の要塞と化したそこに、その男は王として君臨している。
屈強な肉体を持ち、人間とは比べ物にならないほどの膂力を秘めたその男の名を――ハオウ、という。
常人ならば、目が合ったその瞬間に意識を飛ばしてしまいそうになるような、凄まじい圧力を放ちながら立つハオウの前に、一人の男がただずんでいた。
目を凝らしていなければ、闇に溶けて消えてしまいそうになる、この存在感の希薄な男。
言わずと知れた、ナゼその人である。
睨みあうように立つ二人の均衡を破ったのは、ハオウの地響きのような笑い声だった。
「フハハハハ! なんだその無様な格好は! 高々あの程度の雑魚にやられるとは、このハオウ、少々貴様を過大評価しすぎていたようだな!」
フハハハハ、と再び声を上げるハオウに、ナゼは殺気の篭った視線を向ける。
「……フン、口だけは達者だな。ハオウ。まぁ確かに、油断があったことは認めよう。自分が無様な失態を晒した事も認める。……だが、貴様も同じような失態を犯し、いまだに取り返せていないことも、また確かだろう? それを棚に上げて、他人のことを嘲笑うとは……。いやはや、三千世界の魔族を率いる魔王は、さすがに言うことが違うな」
ピクリ、とハオウの眉が上がり、今まで笑いを紡いでいた口が閉じられた。
ナゼの言葉と代わるように、今度はハオウが殺気を込めた視線を注ぐ。
「このハオウを侮辱するか? 精々二十数年しか生きておらん小童が? ……図に乗るなよ、今すぐここで四肢を引き千切ってやっても構わんのだぞ!」
ハオウの身体から発せられる圧力が、物理的な衝撃を持ってナゼに襲い掛かった。
しかしナゼは平然とそれを打ち払うと、淡々と、事務的に言葉を返す。
「図に乗るな、だと? それは自分の台詞だ。かつての貴様ならともかく、今の貴様では、どう逆立ちしても自分に勝つことはできん。……それくらいは、理解しているはずだろう?」
ナゼは踵を返すと、部屋の出口である扉へ向かって歩き出した。
そのまま、振り返る事無くハオウに言葉を突きつける。
「いいか、自分が計画の手助けをするのは、後一度きりだ。よく考えておくことだな」
その言葉を最後に、音もなく扉が開き、ナゼはその闇の中へと消えていった。
それを確認したハオウは、己の拳を壁に打ち付ける。
それだけで壁に放射状の亀裂が入り、五メートルを超える大穴が穿たれた。
もはや何も存在していない空間に、拳を打ち付けた体勢のまま、ハオウはその拳を震わせる。
「“籠”さえ見つけることができれば……、そう、後は“籠”だけなのだ……!」
その言葉は、暗い空洞を見せる穴へと、滔々と吸い込まれていった。
「おいす~」
そう言ってゆるく手を上げながら、俺はナイツロードの中でもかなりのトップシークレットにあたる部分、兵器庫へとやってきた。硝煙と油のにおい、そしてメカニックマンたちの怒号が、所狭しと充満している。
俺の声に気付いたのか、ここには似つかわしくない姿をした三人の男女が、俺へと視線を向けてくる。
その中の一人、フワフワとした金髪に小さな花の髪飾りを付けた女の子が、俺に指を突きつけた。
「おっそ~い! ボクらが何分待ったと思ってるの?」
俺を確認するなり怪気炎を上げるこの女の名前は、ルナ・アシュライズ。
実力そのものは微妙だが、世界でただ一人『魔法』と『魔砲』を同時に扱うことのできる『魔法使い』だ。
ルナは煩わしそうにふん、と鼻を鳴らすと、その視線をすぐに俺から外す。
「ほら、さっさと来てよね。ここ臭いし、あまり長居したくないのよ」
「アイアイ、マム」
ルナの言葉に適当に返事をしながら、俺は奥へと進んでいく。兵器庫の床は、やはり多少なりとも油が飛散しているのか、少しばかり滑りやすい。俺はこけないように気をつけながら、俺を待っている三人の下へと歩み寄った。
「おす、遅れて悪かったな」
「大丈夫だよ。彼女はああ言ってたけど、実際はそれほど待ってないし」
「……まぁ、遅れたのは感心しないがな」
俺の簡単な謝罪に答えたのは、白と黒、正反対の色を纏っている青年たちだった。
「さて、全員揃ったことだし、行こうか」
柔らかい物腰の白い青年の名前は、レイド・アーヴァント。
女のように流れる銀髪に、人形師が作ったかのような浮世離れしたような美貌。うちの部隊のツートップの一角を飾る(と言っても、部隊の総員からして四人しかいないんだけどな……)、こと現代兵器を扱わせれば右に出るものはいないほどの実力者だ。
「できれば早めに終わらせてもらいたいな……」
レイドの後ろに続くのは、漆黒の髪を持ち、その中心から一本の角を生やしている、悪魔のような強面で筋骨隆々の青年、グーロ・ヴィリヴァス。
闇を操る能力者で、うちの部隊のもう一人のエースだ。その能力で大剣や篭手を生み出し、相手を押し切る接近戦を得意としている。レイドとの相性は抜群で、この二人がいるからこそ、俺たちのチームは成り立っていると言える。
……実際、この二人が寝込んでいた時、俺一人では仕事が上手く回らなかったしな。
グーロは特徴的なその長い黒髪を揺らして、ズンズンと兵器庫の奥へと進んでいく。
恐らく本人は普通に歩いているつもりなんだろうけど、なぜか肩をいからせて歩いているように見えてしまう。その動きは、グーロ自身の強面さと相まって、見るものに非常に強い圧迫感を与えてしまう。
性格的にはスゲェいい奴なんだけど、つくづく損な奴だよなぁ……。
俺とルナはそんな二人の後に続きながら、兵器庫の奥の奥へと進んでいく。
ガンシップや輸送ヘリ、地上における大規模な作戦の際に使用する戦車類など、主だった兵器が安置されているスペースを抜け、開発部の連中が道楽で作っているようなオモシロ兵器群も抜け、俺たちは兵器庫の中でも人がほとんど使用しない、薄暗い箇所へとやってきた。
一体こんな所でレイドたちは何をするつもりなんだろうか。
俺の疑問を代弁したかのように、ルナがおずおずと手を上げた。
「あの~」
「うん? なんだい?」
「こんな所で、一体何をするつもりなの?」
「ああ、それはね――」
レイドがこっちに振り向き、その両手を上へ向かって広げる。
「コレを、君たちに見せるためさ」
レイドが示した腕の先。そこには――。
二対の巨大なヒトガタが、無言の威圧感を伴いながら、俺たちを睥睨している姿があった。
「うっ、おぉぉ……」
その巨大さに、思わず声を漏らす俺。
「これって……」
俺の隣で、ルナも大きく目を見開いていた。
今までは薄暗い上に、ここには何も無いはず、という先入観が働いていて上手く知覚できていなかったが、今こうやって、きちんと見せられたことによって、その存在感が大きく増し、むしろ何故今まで気付かなかったのかが不思議なほどの重圧を放っている。
ヤバイ。コレはヤバイ。
俺は額に流れる汗を拭った。
それと同時に、その二体の巨大なヒトガタを見上げる。高さはおよそ十五~十六メートルくらいだろうか。分かりやすく言えば、宇宙世紀後半のガン○ムと同じくらいだ。そんなものが、俺たちの目の前にある。
俺は爆発しそうになる気持ちを抑えながら、その巨大な造詣を観察する。
俺から見て左側に立っているヒトガタは、まさしく機動戦士と呼ぶに相応しいいでたちだった。
がっしりとした上半身に、角ばった肩と胸のアーマー。腹部にはお約束のように操縦席らしきものの入り口が取り付けられており、コイツが乗ることのできる――いや、操縦することができる存在なんだということを、力強く、そして美しく主張している。
そこから少しずつ視線を落としていけば、その巨躯を支える強靭な下半身が見て取れた。
装甲のせいできちんと確認することはできないが、おそらく複雑に組み合わさり、その衝撃を上手く吸収するように作られているんであろう内部構造や、人間に近しい動きを可能にするための駆動部のジョイント部分などが、うっすらながらとイメージできる流麗さ、そしてその中に残る無骨さ。まったくもって素晴らしすぎる。
そして、一番忘れちゃあいけない頭部。
その顔面には、人間を模したフェイスマスク型の装甲が取り付けられていて、その側頭部にあたる部分から伸びる、レーダー機能を強化するためであろう二本の鋭い角。
全身に施された深紅と白のコントラストも相まって、まるで武者ガン○ムを彷彿とさせる。
スゲェ。超超超かっけえ。見てるだけなのに、興奮がおさまらねぇ。
俺はその興奮を残したまま、隣のヒトガタへと視線を向ける。そしてそのまま、がっくりと肩を落とした。
なぜか? 理由は簡単だ。
初めに見たヒトガタに比べて、ソイツがあまりにも不恰好だったから、さ。
俺から見て右側に立っているヒトガタは、まるで悪役のような味気無さだった。
のっぺりとした胴体は、そのまま接合も何も無く一本の線として下半身と繋がっており、まるで全身ラバースーツ状態だ。頭部までそんな風に覆われていて、マネキンのように見えるもんだからタチが悪い。
手足は細長く、微塵も機械らしさを感じさせない仕上がりで、おまけに左側の機体と対になるように配色したのか、メタルブルーにチタニウムホワイトの機体色が、より一層残念らしさを際立てていた。
なんつーか、これは、アレだな。戦闘訓練のシュミレーションに出てくる、安っぽい仮想ターゲットを、そのまま流用した感じ。ダサい。ダサすぎる。
「どうだい? すごいだろう?」
自慢げにそう問いかけてくるレイドに、俺は少しばかりジトッ、とした視線を返す。
「なぁレイド。右側の奴は、まだ製作途中かなんかなのか? 左の奴と比べて、完成度が低すぎるだろ……」
「はは、そんなわけ無いじゃないか。アレはれっきとした完成形だよ」
「マジかよ……」
俺の一縷の望みを賭けた言葉を、レイドはあっさりと切り捨てた。
はぁ、と溜め息をついて会話する気力を無くした俺と入れ替わるように、今度はルナがレイドに話しかける。
「ね、ねぇレイド。これってもしかして、ボ……私の考えた基本設計を基にしてたりしない?」
「うん。そうだよ。本当に助かったよ、ありがとうね」
「い、あの、えと……」
ありがとう、の言葉と共に放たれた笑顔に、ルナは一瞬で顔を赤面させる。まぁいつものことだから気にはしないけど。ってか、コイツの基本設計をルナが作ったって、マジか?
「……レイド。今の話は本当か?」
俺と同じ疑問を持ったのか、グーロが質問する。
それは当然の疑問だった。俺だってコレをルナが考えたとは思えないし。
「うん、まぁそうだね。正確には、僕が作ってた設計書に、ルナがちょこっとアドバイスを入れててくれたんだけどね。でもまぁそのおかげで完成したんだし、基本設計は彼女、と言っても間違いではないんじゃないかな」
「そのアドバイス、ってのはなんなんだ?」
レイドはあぁ、とすこし間を置いてから、腕の転送装置からホワイトボードとマジックを取り出した。
キュポン、と音を立てて蓋を引き抜くと、それでホワイトボードに絵を書き込みながら、レイドは説明を始める。
「結論から言うと、魔力による反重力装置と、装甲のコーティングだよ。そもそもなんでコレがいるのかって言うと、今の工学技術だけでこれだけの物を組み上げたなら、まずもって使い物にならないんだ。と言うのも、今の工学技術じゃあ、自走するための衝撃もうまく吸収しきれないし、コレだけの大きさのものだ。戦場に出れば当然のごとく的になるんだけど、そのときに集中砲火に耐えられるだけの装甲を作ることもできないからなんだけどね。だからこそ、僕はこの機体を作るときに挫折しかけてたんだけど、そこにたまたま通りがかったらしいルナが、設計図に走り書きを残しておいてくれたんだよ。それがさっき言った反重力装置とコーティング装置ね。君たちも知ってのとおり、彼女の魔道具作成技術はずば抜けてるからね。スラスラと無駄の無い理論を書き残してくれていたよ。それに普段から僕たちは合作をすることも多いから、機械に組み込みやすい方法をとってくれてたしね」
レイドは長々と説明を続けながら、ホワイトボードに絵を書き加えていく。正直な話、俺には全く分からなかったんだが、自分もバイクを改造したりすることがあって、多少機械に明るいグーロはなにやらうんうん頷いていた。
「ついでに、反重力装置を搭載することで今まで推進力不足だったスラスターも使用可能になったし、何より魔法技術を組み合わせると言う発想のおかげで、操縦そのものを人体の動きや思考にトレース――」
レイドのチンプンカンプンな説明を聞くことを放棄した俺は、いまだにフニャフニャなっているルナに声を掛けた。
「なんていうか、お前って意外とすごいよな」
「えっ!? あぁ、うん。ありがと。そう言ってもらえると、相手がエレクでもちょっと嬉しいね」
「ひでぇこと言うなぁ、毎度毎度。……まぁそれは置いといて、アレ、一体誰が乗るんだろうな? まぁレイドは確定として、やっぱりグーロなのかな?」
「いいや、君だよ?」
「ぬぁあ!」
いきなり後ろから声をかけられて、俺は飛び上がった。
危うく心臓が出るところだったぜ。いきなり話しかけんなっつーの。というか――
「……は?」
俺が乗る? アレに? 嘘だろ?
「何を間抜けな顔をしているんだい? いつもの数倍アホに見えるよ?」
「じゃかあしいわ! っていうか、え? マジ?」
「だから本当だって」
ふーん、へ~え、そうですかそうですか。
「所で聞きたいんだけど、……俺が乗るのって、どっち?」
「そりゃあ勿論、あっちに決まってるじゃないか」
そう言ってレイドが指差した先には、あの、マネキンロボットが――。
「おいおいおいおい。マジかよ、やめろよ、嫌だぜ俺あんなダサいの」
「そう言われても、決まっているものは決まっているものなんだから、どうしようもないだろう? 文句はアレを乗りこなしてから言ってくれ」
いけしゃあしゃあと言ってのけるレイドに、俺は腸が煮えくり返る思いだった。
「くっそ、こうなったら今日から猛烈な特訓をして、すぐさま文句を……」
これからの計画を考えていた俺の肩に、グーロがポン、と手を置いた。
「……残念ながら、明日からは久しぶりにチームでの仕事が入っている。しばらくは諦めろ」
なんてこったい。このままでは、あののっぺり=俺の機体という認識が一般常識化しちまう! 折角カッコいい機体があるのに、そんなのは嫌だ! それだけは何とかして防がねぇと。くそ、どうする、どうする――!
妙案が、俺の頭上で光る。俺はすぐさまその案を実行に移すために、チーム全員に向かって叫んだ!
「こうなったら、その仕事をたったか終わらせて帰るぞ! グーロ、それはどんな仕事なんだ!?」
続くグーロの言葉に、俺の希望は打ち砕かれる事になる。
「……魔族とレジスタンスの戦闘に介入し、レジスタンス側を勝たせることだ」
「オーウ。ジーザス!」
拝啓、名前も顔も分からぬ父様、母様へ。
どうやら俺の機体は、あののっぺりくんに確定してしまったようです。
「ふ、くく、ふはははは……」
おれはただ、乾いた笑いを零すことしかできなかった。
旧世紀と比べると、随分様変わりしてしまったアメリカの大地が、俺の眼下を流れていく。白い雲の隙間を縫って見えるその光景は、俺たちが凄まじいスピードで空を移動しているって事をイヤでも意識させてくる。
今俺たちが乗っている輸送ヘリは、ナイツロードアメリカ支部のあるワシントンD.Cを出発し、一路、アメリカ一の工業地帯――だった場所、デトロイトへと向かっていた。
デトロイト・メタル・シティ……とは何も関係は無いが、とにかく重工業の街だったそこは、いまや気候変動の影響でほぼ水没してしまっている。その分、水上都市として、世界的な知名度は旧世紀時代とさほど変わる事無く残ってはいるけどな。人口がどれぐらいいるのかとか、そもそもレジスタンスがどれくらいいるのかとか、俺には分からないが、少なくともその知名度に見合うだけの、結構な数がいるのは確かだろう。
「ねぇレイド。今度の休暇、一緒にどこか行きたいんだけど……」
「うん? どうしようかな。というか、僕なんかじゃなく、他の女性団員といったらどうだい?」
俺の耳を、にゃんにゃんとしているレイドとルナの声が打った。
うん、あの二人はいつも通りだな。何の問題も無い。ヘリの外を流れていく空のように、一寸の曇りも無く澄み切っている。ここで俺が茶化しに入れば、移動時における基本的なフォーメーションが完成する……んだけど、今の俺にそんな元気は無かった。目の前の二人と違って、俺の心は少しばかりよどんでいるからだ。
――デトロイト。
そこは、『俺』が始めて目覚めた土地。記憶を失くし、そして新たな記憶が始まった場所。次の任務地がそこだと知って、俺は今、少しだけおセンチな気分に浸っているのだった。
思えば、バシュたちと知り合ったのもここだった。……というか、ここでバシュたちに出会わなかったら、俺はナイツロードに行き着くことも無く、そもそも生き抜くことも無く、人知れずひっそりと、デトロイトの水の中へとその身を投げ出していたことだろう。少なくとも、あの時の俺には、一人で生きていく術も、一人で何が起こっているのか情報を整理する術も、
何もかも、
何一つ、
持ってはいなかったんだしな。
そう考えると、俺の一番の恩人になるのは、団長でもレイドでもグーロでもなく、バシュとリンショウなのかも知れねぇな。なんか感慨深いぜ。ナイツロードに入団できたのも、バシュたちとの三ヶ月ぐらいの旅のおかげだろうしな。
……そう、思い出されるあの懐かしき日々。
デトロイトは、今や水上都市と名乗っているだけあって、絶好のスポット――いわば、遊泳場と化している所が多々ある。それはつまり、違う意味でのスポットでもあるということであり、そこに気付いたバシュと俺は、二人して秘密の花園――そう、更衣室の覗きを敢行しようとしたことがあった。
女性が服を脱ぐときの仕草。個々人によって違いはあるものの、その動きは漏れなく男心を捉え、そして離さない。その妖艶かつ優雅な動作には、男のロマンというロマンが全て詰まっているといっても過言じゃない。というか、言える。
そして、それだけでも噴血モノだというのに、その後には更なる至福が待っている。下着だ。
花柄にストライプ、無地やワンポイント、果てはヌーブラやスポーツブラ……ッ! 胸の大きさを気にしたり、女性同士で揉みあうような、漫画の如きイベントがあるなら、そのシーンはもはや神の作り出した芸術にも等しい物になる。そしてそれは、俺たちの記憶の中に忘れられないものを残してくれることになる――はずだった。
いや、まぁ、ね……。結果から言えば、俺とバシュの目論見は失敗に終わった。そりゃあもう、完膚なきまでに、完全無欠に失敗だったさ。
その、なんというか、アメリカンな女性っていうのは、結構自分を鍛えることが五種みな方もいるらしくてさ。うん。もう分かったと思うけど、俺たちはそんなグループに属するであろう、真っ黒に焦げた女性に見つかってしまったわけさ。
普通着替えを覗かれたんなら、「キャー!」とか、アメリカ風に言うなら「ワァオ!」とか、そんな風に叫んで身体を隠すはずだろう。でも、その女性は違った。筋骨隆々、ムチムチというよりはムキムキ、むしろゴリゴリと言った感じに鍛え上げられたその肉体を膨張させて、事もあろうに、俺たちに鬼のような形相で向かってきやがったのだ。
その時に、一回り近く上半身が大きくなって、着ていた水着が弾け飛んだものの、俺とバシュはそれを喜ぶような感性は持ち合わせていなかったし、第一それ以上に防衛本能が危険を訴えてきていて、それどころじゃあなかった。
……だって、弾け飛んだ水着が、更衣室の壁にめり込んだんだぜ? そりゃあ逃げるってもんでしょうがよ。
結局、死に物狂いで逃げていた俺たちは、ビーチでサーフィンを楽しんでいたリンショウに保護してもらって、その後にリンショウが、女性と筋肉による語らいを行ったことで事なきを得たわけだが。
……これだけだと、何だか俺が遊びながらナイツロードに入ったみたいだな。いやいや待て、思い出せ俺。もっと色々あっただろう。……そう、あれだ! ワシントンD.Cを目指していたとき、俺たちが立ち寄った街で暗躍していた殺人鬼を止めたり、他にも、ええと……、どっかの世界に絶望した馬鹿博士が、地球そのものを巻き込んだ、バイオハザードを起こそうとしているのを未然に防いだりしながら、俺はバシュとリンショウから様々なスキルを学び、それでもって、ナイツロードに入団したわけだ。
そんな風な経歴を辿った俺が、再びこの始まりの地を踏むことになり、あまつさえ、そこで起きている抗争に介入しようって言うんだから、随分と奇妙な運命もあるものだと、我ながら随分と思ってしまう。普段の俺は、こんなセンチメンタルな気分に浸るタイプじゃないんだけど、やっぱり『今』の俺の始まりの場所とあっては、そういうわけにもいかないんだろうな。
とかなんとか。
そんな事を考えている内に、眼下に広がる景色は、八割の青と、二割のコンクリート色に変貌していた。
「到着、か……」
気持ちを整理するためにも、俺は一人そう呟いて、腕輪の中にある装備をチェックする。今回は結構な規模の任務になるために、要領ギリギリまで突っ込んできていた。チェックを怠って、戦闘中に誤作動があったんじゃあたまらない。商売道具は大切にしないとな。ただでさえ、命を預けるものなわけだし。
そうして、俺が剣の研磨に没入してしばらくの後、操縦席の方から響いてきたユウキ・イシオカの声が、俺たちがデトロイトに着陸した事を知らせてきていた。ミッションが、今この瞬間からスタートする。
何故かそれに軽い胸騒ぎを覚えながら、俺は剣を量子化し、腕輪の中に収納した。
「よっし、行きますか!」
――四月二十六日、12:23。
――レジスタンスとの共同任務、スタート。