ユウキの乗ったヘリが、バラバラと音を立てて空の向こうへと消えていく。俺たちはそれを、デトロイト州の中でも唯一と言っていい陸地――というか林の中――から見守った。……この間の日本のときよろしく、アイツは人を置いてどっかへ行っちまうらしい。あれで操縦の技術が高いもんだから、怒るに怒れないところがムカつくぜ、まったく。
俺がそんな風に腹を立てていると、一足先にユウキを見送ることをやめていたレイドが、部隊全員に声を掛けた。
「さて、ここからは少しだけ歩くよ。レジスタンスの拠点まで、尾行されないように気を付けてね」
正直な所、これは部隊全員というか、俺とルナ限定な気もするけど、まぁしょうがない。実力差っていうのは、どうしてもすぐには縮められない問題なわけだし。
それを理解している俺とルナは、素直にレイドの言葉に頷くと、後に続いて歩き出す。道中、仕掛けられているブービートラップなんかを避けながら、俺たちは三十分ほど森の中を進んだ。
手持ち無沙汰になった俺は、クレイモアの反応圏外へと回りこみながら、レイドに話しかける。
「なぁレイド、今回一緒に戦うレジスタンスだけどさ、そもそも何で抗争なんかしてるんだ? 普通魔族と人間はしっかり住み分けしてるし、そうそうぶつかる事も無いと思うんだけど」
「うん? そうだね。確かに普通なら、そうなんだろうさ。でもね、ここの土地にいる魔族たちは、何かを探してるらしくてね。その際に色々と、人間側とのいざこざを起こしてるらしいよ。困った話だろう?」
「……それで、報復が報復を呼んで、終いには命懸けの抗争、か……。嫌な話だな、なんともさ」
「まぁ、世界から見ればよくある話じゃないか。まだ宗教がらみの理由じゃなかっただけありがたいさ。魔族の信仰する邪神と、人間が信仰する……このあたりじゃキリストかな? まぁとにかく、そんな感じの抗争だったら、それこそ規模が大きすぎてどうしようもなかっただろうしね。……ま、僕たちはあまり深い事は考えずに、いつも通り、傭兵としてのお仕事をするだけだよ。無駄に深く勘ぐっても、いい事ないのが、この業界のお約束さ」
レイドはそう言って肩を竦めると、ヒョイ、と首を傾げて、光学レーザーで張られた罠を回避した。段々警備がきつくなってきているみたいだ。そろそろレジスタンスの拠点につく頃なんだろうか。
俺はそんなどうでもいい事を考えながら、ポツリと呟く。
「それにしても、魔族の探しもの、かぁ……。一体なんなんだろうな」
聞こえていたのか、それとも聞こえていなかったのか。どちらかは分からないが、とにもかくにも、俺のこの言葉は、誰にも反応を返してもらう事無く、虚空へと溶けて消えていった。まぁ、あくまで独り言だし、反応を返されなくてもどうって事は無いんだけど、ちょっと寂しい。
俺がそんな風に郷愁を感じてから、ほんの数分後。
俺たちは、レジスタンスのアジトに到着したのだった。
「やぁ、君たちがナイツロードの傭兵たちかい?」
そう言って俺たちを出迎えてくれたのは、高級そうなスーツに身を包み、たっぷりと――しかし男らしく丁寧に整えられた――顎鬚という、いかにもな格好をした壮年の男だった。
男は俺たちを見回した後、少しばかり怪訝そうな顔をする。
「……少年兵? こんな所に連れてきても、大丈夫なのかい?」
なるほど。この男の視線が止まっているのは、俺とルナに対してだ。この身なりじゃあ、確かにそう取られても仕方がないだろうしな。……とはいえ、やっぱりちょっとだけイラッ、と来てしまうのは、俺が若いせいだろうか。
そんな俺の態度を察したのか、グーロが男にとりなすように言う。
「……この二人は優秀だ。心配をする必要は無い」
「そうかい? ……まぁ、そう言うのなら疑う理由も無いね。私の同志にも似たような年齢のやつがいるし、そう考えれば別段おかしいことでもない……かな」
男はそう言って顎鬚をさすると、一、二度、自身を納得させるように頷いた。
「まぁ何にせよ、歓迎しよう。ナイツロードの傭兵たちよ。レジスタンス『コード・メイジャー』へようこそ。私の名前はナチュラルだ。どれくらいの付き合いになるのか分からないが、よろしく頼むよ」
男――ナチュラルは、そう言ってニヤリと笑った。
「『コード・メイジャー』はね、その名の通り、音楽名を基調としたレジスタンスだ。だから私たち全員に、それぞれの特徴を表した音楽名が付けられているのさ。例えば、そこで機械をいじっているのがピアノ。ほら、貧弱で弱そうだろう? まぁ、実際に弱いんだがね。名付け方としてはこんな感じだ。総数が少ないのでね、音楽記号がかぶっている、ということは無いから安心してくれ。……ただまぁ、ピアノとメゾピアノとか、多少面倒な名前のやつがいるがね」
俺たちに拠点の内部を案内しながら、ナチュラルはそう自分たちの事を紹介した。
……それぞれに音楽名、ねぇ。覚えられる気が全くしないな。というか、音楽名は分かりづらいんだよな。記号だけでもたくさんあるのに、そこに文字だけで書かれたやつが加わってきやがるんだからな。リタルダンドとディミヌエンドの違いが、いまだによく分からない俺には、これって結構な死活問題かも知れねぇな。ま、覚える気もそんなに無いんだが。
そんなことを考えて、俺が一人肩を竦めている間に、あらかたの説明は終わってしまったのか、ナチュラルのヤツはその口を閉じてしまっていた。
そのまま、全員何一つ口を動かす事無く、黙々と進んでいく。
しばらくして、俺たちは一つの部屋の前へと案内された。ナチュラルが扉を開けて、俺たちを招き入れる。
「君たちの部屋はここだ。すまないが、ここ以外の勝手な移動は許可できないからね。その分、一番広い部屋をあてがわせてもらうよ。我慢しておくれ。……そうそうそれから、君たちが何か外に用事があるときのために、一人置いておくよ。君たちとも年が近いし、仲良くしてやってくれ」
最後の部分だけ俺とルナを見ながらそう言ったナチュラルは、隣の部屋に向かって声を張り上げる。
「おーい! クレシェンド! お前が世話する人たちが来たぞ! 出てこい!」
「あぁ? やっときやがったのかよ! 遅すぎるんじゃあねぇのか! あぁ?」
あぁ? あぁ? とうるさく喚きながら、隣の部屋から一人の男が歩いてくる。そいつは扉を蹴り飛ばすと、ずかずかと部屋の中へと乗り込んできた。
白い特攻服に、つんつんの逆髪。
……ここ、アメリカだよな? なのになんでコイツ、日本の、しかもかなり古臭いヤンキーの格好なんかしてるんだ? バカなのか。
俺がそんな感想を抱いているとも知らずに、男――クレシェンド、とかいう名前だったっけ? が、あぁ? だのテメェコラ! だのと意味の無い言葉を飛ばす。
勿論、自己紹介の言葉も、俺たちの予想を裏切らないものだった。
曰く、
「俺様の名前はクレシェンドだ! 今日からテメーら世話してやっから、俺を呼ぶときは様付けろよ! カス共!」
どうやら俺たちは、魔族以上に、何よりもコイツへの殺意を抑えなければいけないらしかった。
……コイツはどーも、メチャクチャ難しい任務になりそうだぜ。
「おい、何で俺の負けなんだよ! おかしいだろうが! アァン?」
「いや、おかしいも何も、これがルールだからさ……」
「だってお前、〝1〟だぞ! ナンバーワンだろうが!」
そう言って身を乗り出したクレシェンドの野郎が、ガン、と両手で机を叩いた。上に乗せられていたトランプたちが少しだけ震えて、滑るように机の上を移動する。俺はそれを横目で見ながら、中身がこぼれないように、咄嗟に手で持ち上げたワイングラスの中身を、少し煽った。
……うん、なんかアレだな、いかにも安物臭がする。これは悪酔いするタイプの酒だ。
そう思った俺は、グラスの中身をそれ以上口に含む事はせず、そっとラックの上に置き直す。机の上に置かないのは、また今みたいに、クレシェンドの野郎が机を揺らすかもしれないからだ。……バカの相手をするのは、かなり気が滅入るな。いや、俺も相当な馬鹿なんだけどさ。
「おい! 聞いてんのかよ! ナンバーワンだ、っつてんだよ、俺は!」
俺の目の前では、顔を赤く染めながら、馬鹿が怪気炎を上げている。このまま放置しておくと、この頭の悪い講義を聴かされ続けそうな気がした俺は、溜め息をつきながら、懇切丁寧に、二度目のルール説明を、この馬鹿にしてやることにした。
「おいバカ、俺が今から、このゲームの説明をもう一度してやるから、耳かっぽじってよ~く聞けよ。いいか、これで二度目の説明なんだからな! 絶対に理解しろよ!」
俺はそう前置きをしてから、ゲームの説明を始める。……とは言っても、たかだかポーカーの説明だ。何も難しい所なんてありはしない。何せ、俺みたいな馬鹿でも、簡単に出来るゲームなんだからな。
ただ、俺の目の前にいるコイツは違った。いや、ポーカーの勝負そのものはコイツもなんだかんだで意外に出来ていた。きちんと手を考えて交換とかをしていたんだからな。問題は、ダブルアップ――つまり、ゲームの勝者が自身の勝ちを増やすためにある、倍々ゲームの部分だった。
このダブルアップというのは、ポーカーで得た金を、文字通り倍にしていくゲームだ。カジノなどでは意外とポピュラーな方式で、よく見かける事がある。ルールは簡単で、親が提示したカードよりも、次に出てくるカードが大きいのか、それとも小さいのかを当てるだけ。
例えば、親の提示したカードが〝2〟だったならば、それより小さい数字は〝1〟、もしくは同じ数字である〝2〟しか存在しないため、ほとんどの場合『アップ』と答えればいい。例外的に、親の持ち札の中に、〝2〟や〝1〟しかない場合――ゲーム終盤のときなんかがあるけど、それは除外してもいいだろう。まぁとにかく、そうして、実際に自分の答えと、親がめくったカードの結果とが一致していた場合、見事、勝ち金が倍になる、っていう寸法なわけなんだが……。
どうにもコイツは、上手くルールを理解していなかったようで、〝1〟の数字が提示されているときに、『ダウン』と答えやがった。
で、俺が賭け金をボッシュートしたところで、今の『ナンバーワンだぞ!』という、何とも頭の悪い講義を始めやがったわけだ。……正直、頭が痛くてたまらない。何が悲しくて、こんなボケナスに世話をされなきゃいけないのかと、悲しくて涙がちょちょ切れそうだぜ。
とまぁそんな風に、俺とクレシェンドのヤツはトランプ他チェスやオセロなんかの二人対戦ゲームをしたり、ルナはレイドを熱の篭った目で、一瞬たりともその場を動く事無く見つめていたり、レイドはそれに気付いていないのか、ガン無視を決め込んで、グーロが量子化して持ち込んでいた、黒くてデカイ、そしてその上ゴツイバイクの整備をしているのを眺めたりと、思い思いの時間を過ごしていたときだった。
コンコン、というよりは、トントン、と表現した方がいいような、控えめなノック音が部屋に響く。そして直後に、『ナイツロードの皆さ~ん』、という、何とも控えめな声が扉越しにかけられた。
それに反応したグーロが、油まみれの手を拭きながら――ちなみに今、グーロのヤツは作務衣を着ている。何でも、バイク整備をするときの正装だとか――扉まで近付いていく。勝手に部屋を出ることを許されていない俺たちは、もちろん扉を開けることも許されているわけが無いので、グーロは相手と同じく、扉越しに返答した。
「……なんだ」
「……ひっ」
グーロは普通に返事をしただけなんだろうが、その声の威圧感は相当なものだったらしく、扉越しに相手の悲鳴が上がるのが分かった。さっきまでの控えめな声からは想像もできないくらいに大きな悲鳴で、その大きさが、レジスタンスの人の恐怖の度合いを表しているみたいだ。
……あ、グーロのヤツ、ちょっとへこんでんな。可哀想に。
俺がそんな事を考えながらニヤついていると、恐怖から解放されたらしいレジスタンスの人が、再び声を上げた。
「あのぉぅ……。リ、リーダーがお呼びです。これからブリーフィングだそうで……」
「分かった。……すぐに行こう」
グーロはそう答えると、一瞬で作務衣から普段の戦闘衣へと更衣を済ませる。こういうとき、レイドの開発してくれた腕輪は便利だ。野郎の着替えなんていう、見たくも無いものをカットしてくれる。
反面、女性の着替えにも同じことが適用されるのが惜しいところなんだけど、でもまぁ、この部隊にいる女性団員は、まぁ、その、ね。ルナだし……。見ても何とも無いっていうか、ね。うん。
とにかく、全員が全員戦闘衣に着替えを済ませた後、俺たちは揃って部屋を後にした。クレシェンドのヤツも、こういうときはしっかりとしているらしく、きちんと俺たちを見張っている。……なんだ、仕事は出来るやつなんだな。ちょっとだけ見直したぜ。
先導役として、前を歩いている男――さっき声を掛けてきた奴で、コードネームを『ドラムス』というらしい――が、少しだけ前を歩いている。なんというか、少しだけ頼りなさそうな奴だけど、こんなのにレジスタンスのメンバーが務まるんだろうか。ちょっと疑問だった。
入り組んだ廊下を、くねくねと歩くこと、三分後。
ドラムスが、その足を止めた。その先にあるのは、少しだけ他の部屋よりも頑丈目に作られているらしい、大きな扉だ。扉の横には、小さくではあるけど、『作戦会議室』と掘られている。
「こ、こちらが、ブリーフィング会場です」
ドラムスのヤツが、ゆっくりと扉を開いた。中にいる人物が、一斉にこちらを見つめる。その圧力に、思わずブルリときた。今まで接していたのが、クレシェンドや目の前のドラムスだったから、少しばかり失念していたけど、こいつらはたったこれだけの人数で魔族に対抗してきた、いわば戦闘のプロなんだ。それを改めて実感させられて、俺は額に浮いた汗を拭った。そんな俺の袖を、ルナが不安げに掴む。コイツがこんな風になるのも、無理も無い。
「エ、エレク、ボクたち、本当に役に立てるのかな……」
確かに、ルナの言う事はもっともだ。こんな歴戦の勇士たちが集まっても、早々対抗できないとなると、ここいらの魔族の強さは、予想以上のものなのかもしれない。
そんな不安を抱えながら、俺は部屋に足を踏み入れた。途端、響いてくる柔和な声。
ナチュラルが、こちらに向かって歩いてきていた。その顔に浮かんでいる笑みが、今は何故か寒気を伴って俺の網膜に映りこむ。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ナチュラルは一度俺を見つめてから、先頭にいるグーロと挨拶を交わした。
握手をしながら、ナチュラルが言う。
「ようこそ、『コード・メイジャー』の参謀本部へ。君たちのような戦力を迎えられて、私個人としても、そしてこのレジスタンスのリーダーとしても、とても嬉しく思うよ」
何か今、こいつはとんでもない事を口走ったような気がするが、気のせいだろうか。
「さて、それではブリーフィングを始めよう」
「――以上が、私たちの現状だ。非常に歯痒いことだが、私たちは奴ら――魔族共に対抗するための有効な手を、何一つとして有していない。出来るのは、ゲリラじみた小規模な攻撃だけだ。このままでは、いつかこちらの備蓄が底を付き、私たちは負けてしまうだろう」
ナチュラルがそう言って、俺たちを見据えてくる。聞いてみれば、かなり深刻な内容だった。
――曰く、当初は『コード・メイジャー』所属のレジスタンスたちは、それぞれが強力な能力を持っていたために、かなり戦局を優位に進めていたらしい。だが、そんな快進撃が続いたのも、戦火を交えて三ヶ月程度……たかだかそれぐらいでしかなかった。
何が起こったのか?
その答えは簡単だ。『コード・メイジャー』にとって、いわゆる致命傷になりうる出来事が、戦局を一変させるほどの何かが、起こったのだ。だからこそ、今ここまで追い詰められている。
『コード・メイジャー』を追い詰めた要因――。
その名は、俺たち傭兵界隈でもなかなかに有名なものだった。
――AAD。
〝アンチ・アビリティ・ドライブ〟という名のそれは、その名の通り、ありとあらゆる能力を遮断する。そう。能力を、遮断してしまうのだ。能力を頼みに闘っていた『コード・メイジャー』にとって、これはいわば天敵だろう。いくら戦闘経験があろうが、そんな事は関係ない。
能力の使えない超能力者が――超能力者には、能力偏重型と超越身体型の二通りがあり、『コード・メイジャー』には前者の数が圧倒的に多かった。つまり、能力は強力だが、その分身体的な強度は一般人とほとんど変わらないやつばかり、ってことだ――人間とは身体構造、肉体強度、そして単純に膂力の点から見ても圧倒的な差がある魔族に立ち向かうことなど、出来るわけがない。例え天地がひっくり返っても、勝利を収める事はできないだろう。
「なるほど、ね……。だから俺たちが呼ばれたわけだ」
俺は一人納得すると、溜め息をついた。俺たち『ナイツロード』の団員は、能力偏重型だろうが、超越身体型だろうと、能力を封じられた際にも生き残れるような訓練が施されている。その想定ケースにはもちろん魔族も存在するし、俺たちはどんな想定ケースだろうと生き残れるだけの技量を持っている。つまり、今この状況において、俺たちの存在はうってつけなのだ。
「な、なんだか、意外と簡単そう……?」
さっきまで怯えていたルナも、いまは少しばかり表情を緩めている。確かに、こいつの使う『魔砲』や『魔法』は、そもそも超能力とは別物だ。AADの効力を受けるわけがない。元々なんの能力も持っていないレイドと、AADの効力を一切受けないルナにとっては、結局いつも通りの、魔族狩りの仕事に過ぎないわけだ。そりゃあ怯える必要もなくなるわな。
俺とグーロはAADの影響を受けちまうが、グーロは元々超越身体型の最高峰みたいなもんだから、能力が使えないところで何の不備もないし、俺も能力が使えないとは言っても、電撃を放出することが出来ないだけで、身体能力の強化をする分には問題ないから、結局何も変わらない。魔族の奴らに余程強いやつがいなければ、俺たちが傷を負うことは無いだろう。
「僕たちがするべき事は分かりました。それじゃあとりあえず、敵の陣形、及び布陣を確認してきますので、攻撃の詳細はまた後日、ということで良いですか? ナチュラルさん」
「ああ。一応データは渡しておくが、やはり目で確認してくれた方が良いだろう。奴らの見張りの巡回時間と、ある程度のプロフィールを送るから、役立ててくれ」
レイドが席を立ち、ナチュラルと握手をしてから、俺へと視線を向ける。その視線には、ついてこい、という、声なき声が込められていた。……うへぇ、めんどくせぇ。
俺は内心で舌を出すものの、まぁつまらない仕事とはいえ、やらなきゃいけないことには変わりない、と自分自身を納得させてから、ゆっくりと首肯した。レイドの視線が、フ、と緩む。
「……それでは、また後日」
「ああ。結果を楽しみにしているよ」
グーロが頭を下げてから、重い扉を開いて会議室の外へと歩いていく。その後に、俺、ルナ、レイドの順で続いた。レイドが部屋の外に出た時点で、扉は音を立ててしまっていく。
そのとき、本当に何の意味もなく、ただなんとなく、俺は後ろを振り向いた。
「っ!」
そして、背筋が震える。会議室の中央に置かれたホログラフィック発生器の光に照らされて、気味が悪いほどに白く、青白く染まったナチュラルの顔が……いや、ナチュラルを含めた、あの場にいた幹部たちの顔が、じっと俺たちを見つめていた。その目を、弓なりに細めて、不気味な薄ら笑いが――オペラ座の怪人のような顔が、暗い中にぼうっと浮かんでいる。
「…………ふふっ」
耳に滑り込んでくるように、ナチュラルの笑い声が聞こえてきた。あんなか細くて、湿った細い声が、この距離で聞こえるはずが、届くはずがないのに。それでも、はっきりと。
――なにか、ヤバイ。
俺の第六感が、そう、訴え始めていた。
「クレイモアがいくつか……だけか?」
手元の機器に表示された信号を見て、俺は疑問の声を上げた。
俺が今手に持っているのは、レイドの作った発明品の一つで、特殊な電気信号を発する手榴弾を放り投げ、それを周囲一体に拡散させることで、その範囲内にある待ち伏せ型の兵器――クレイモアやら、催眠ガスやら、地雷やら――を見つけることができるという、結構な優れものだ。……まぁ、言ってしまえば、チャフグレネードの性能を逆にしたようなもんなんだが。
とにかく、俺とレイドはそいつを使って、ナチュラルから渡された地図に書いてある、魔族の奴らの活動範囲とやらを、しらみつぶしに練り歩いていた。
「向こうも探しものをしてる身だからね。拠点を移すこともあるだろうし、そこまで大掛かりな防備を敷くわけにもいかないんじゃないかな」
俺の呟きに、レイドが答える。そう言われてみると、確かにそんな気もしてくるから不思議だ。
「探しもの、ねぇ。……なぁレイド、俺ちょっと疑問に思ったんだけどよ、魔族の奴らがここで探し物をしているのはまぁいいとして、ナチュラルの奴らは、ホントにこんなとこに住んでたのか? ……言っちまえばなんだが、こんな森の中に住んでたとは、どうにも思いにくいんだよな」
「……そうだね。君の言うとおりだ」
レイドが俺の言葉に頷き、難しそうな表情で前を見据える。途端に重くなる雰囲気。それを打破しようと、俺はなるべく明るく、レイドに言った。
「まぁでも、これは団長直々の任務なんだろ? なら裏もちゃんととってあるだろうし――」
「エレク」
俺の言葉を遮るようにして、レイドが視線を向けてくる。
「話があるんだ。とっても、大事な話が」
「大事な話?」
オウム返しに、俺はレイドに問い返す。……なんだコイツ。俺に告白でもするみたいな顔じゃねぇか。
「生憎だけど、俺に男色趣味は無いからな」
「……今は、ふざけないで話を聞いて欲しいんだ」
「……はい」
怒られた。
ちょっとだけ目がマジなレイドに頭を下げて、俺は先を促す。
「で? 一体どうしたってんだ?」
「一つ、聞いて欲しいことがあるんだ。……僕たち、ナイツロードに関わる、すごく重要なことを」
「…………」
俺は無言で、話を続けるようレイドを見る。
「この間、全員で行った任務を覚えてるかい? 『機人兵』が出てきたアレだよ。……そう、君とグーロが死に掛けた、あの任務だ。あの任務は、団長直々の発注にもかかわらず、その内容に虚偽があった。それも、とても大きな、ね」
レイドが皮肉気に笑う。その笑顔を見て、俺は何か嫌な予感が、急速に膨らんでいくのを感じた。
「だから、僕は団長に直談判に行ったんだ。虚偽の内容を記載するなんて、どういうことなんだ、この事を知っていたのか、ってね。その問いに対して、団長はこう答えたよ」
――ダメだ。聞いちゃいけない。俺の第六感が、そう伝えている。
「――イエス、と」
「…………ウソ、だろ?」
何かが、音を立てて崩れていく気がした。俺の二年間が、足元からグラグラと揺らいで、そのまま地面に飲み込まれていくような、そんな感覚が、俺を襲う。
団長が、俺たちを騙していた――? 行く当てのない俺を拾ってくれて、生きるための術を教えてくれた団長が、俺たちを騙していたっていうのか?
そんな――馬鹿な。
「だとしたら、あの時のお前の怪我も――」
「……そう。団長から受けた傷さ」
なんだそれ。なんだ、それ。
「僕も、この事を話すかどうか迷ったんだ。本来なら、僕が怪我で医務室にいたときに、医療ミスにでも見立てて、僕をさっさと殺してしまえたはずなんだ。なのに、団長はそうしなかったからさ」
「そ、そうだよ! ならさ、きっとレイドの聞いた事も何かの間違いで、きっと団長は――」
俺は一縷の望みをかけて、レイドにそう訴える。しかし、レイドはそれを切り捨てた。
「だけど、今回また、この虚偽の記載だ。本来の任務内容は、住んでいた場所を取り返す――すなわち市街戦が主になるはずだったんだ。なのに、いざ蓋を開けて見せれば、半サバイバルときちゃあ、ね」
「…………」
レイドの言葉に、俺は何も言えなかった。下を向いて、唇を噛み締める。
「だから、これだけは言っておくよ。エレク、団長は君の命を狙っているかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。確証が無い以上、本来は言うべきじゃないのかもしれないけど、それでも、団長は無条件で信頼できる存在じゃあないって――敵かもしれないんだって、覚えておいて欲しい。……頼んだよ」
「ああ……」
レイドの言葉が、空しく響く。俺はそれに、力なく頷くことしか出来なかった。
「さて、それじゃあ早速、敵の歩哨を捕まえようか」
空気を一変させるように、レイドが手を打って言った。
俺もこの雰囲気の中任務をこなすのはいやだったから、それに乗っかる。
「歩哨を?」
「そう。歩哨を捕まえるんだ。色々と……、吐かせなきゃいけないこともあるだろうしね」
レイドはそう言って、手元のリストに目を落とす。……アレは確か、ナチュラルのヤツが持たせてくれたリストの一つだった気がするな。
俺のその予想を裏付けるように、レイドがリストを俺に向けた。
「幸い、このリストに歩哨の人数、巡回時間は綺麗に書き込まれてる。ツーマンセルで、他の隊とも離れたところを巡回してる組が、もうすぐ一つ来るはずだから、それを捕まえようか」
「――りょー、かい!」
暗い雰囲気を吹き飛ばすようにして、あえて明るい声で答える。まだモヤモヤは消えないが、任務中に悩んでいたら、それこそ俺の命が消し飛んじまうからな。こういうのは切り替えが大事なのさ。
「うっし、じゃあ、パパッと片付けましょうかね!」