旧ナイツロード 第一話 傭兵

f:id:chicken0220:20150613202716j:plain

 

 人々が新たな進化を遂げた時代。

 産業革命以降初めての改革が起こり、

人々の生活水準は格段に上昇し、前時代ではSFと呼ばれる類の技術が実用化されていた。

 例えば、超能力。

 手のひらから炎を生み出す、エネルギー波を打ち出す、といったものから、風のように速く動けるくらいの身体強化まで。

 これら超能力の研究により、新たな技術が実用化される。

 これにより、人類の発展はすさまじいスピードで加速したのだ。

 しかし、それが良い方向にのみ使われるとは限らない。

 戦争は前時代的な兵器の打ち合いから、

超能力者たちの戦闘に変わった。

 それによって死者の数は極端に減りはしたが、戦争の泥沼化も多くなり、

紛争地帯の治安はさらに悪化していく一方である。

 そんな時勢に、超能力者だけで構成された小さな傭兵団があった。

 その傭兵団の名を――ナイツロードという。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ……ク! ……エレ……!

 訓練場の床に寝転がって、

気持ちよ~く眠ってる俺に、誰かが話しかけてくる。

 その高いソプラノは、まどろんでいる俺でもよく聞こえるほどに澄んだ声だった。

 まったく、うるさいなぁ。

 もうちょっと寝させてくれたっていいじゃないかよう。

 そんな気持ちをこめて、俺はそいつに背を向けるように寝返りを打った。

 そいつの語気が荒くなる。

「ほら、さっさと起きる! 時間が無いんだから!」

 ああ~もう、うるさいうるさいうるさい

 眠気が飛んでいく! やめてくれ!

 そんな気持ちをこめて、

俺はさっきよりも強く寝返りを打つ。

 ご丁寧に、耳まで塞ぐオプションつきだ。

 俺のそんな反応にとうとう業を煮やしたのか、そいつはどこかに去って行った。

 これで心置きなく眠れるな~と安堵した俺の背中に、ドスッ、と重い衝撃が走る。

「痛いっ!」

 その痛みに、俺はつい声を上げてしまった。

 そのまま起き上がり、俺はそいつに怒鳴った。

「何しやがる! このぺったん娘! ……あれ? レイド?」

 そいつはさっき俺を起こしにきた奴とは別の奴だった。

 まるで高名な人形師に作られたような容姿で、

その整った顔は、まさしくイケメンと呼ぶにふさわしい。

 光を反射してキラキラと光る白髪は、

まるでシルクのようだ。

 まぁここまで長ったらしい説明をしたけど、一言で言ったら、俺の親友であり、傭兵団の仲間のレイドだった。

 そいつは俺に向かって、いつも通りの説明口調で口を開いた。

「ぺったん娘? ああ、ルナのことかい? 彼女なら、さっき怒りながらどこかへ行ってしまったよ。どうせ君が何かしたんだろう? きちんと謝らないと駄目だよ」

 なるほど。それでルナの代わりに俺を起こしに来たって訳か。

 まったく、よくやるよ。

 それにしても、顔が良い上に気遣いもばっちりできるなんて、勝ち目ねえよなぁ。

 ちくしょう。なんか悔しい。

 そんな風に考えていると、俺の後ろからまるで地獄から這い出してきた死霊のような声が聞こえてきた。

「エ~レ~クウゥゥ!」

 しまった! 考え込みすぎて接近に気が付かなかった!

 俺が恐る恐る後ろを振り向くと、件のぺったん娘ことルナが、普段の可愛い顔をまるで阿修羅のように歪めていた。

 流れるような金髪はゆらゆらと陽炎のように揺れながら逆立ち、普段涼やかなソプラノを奏でるそのふっくらとした唇は、まるで口裂け女のようにひきつっている。

 胸は……まぁ、いいや。

 とにかく、正直言って、人間じゃない。

 あんなのを相手どる勇気のない俺は、とりあえず逃げるしかない。

 くるっとフィギュアスケーターもびっくりするくらい綺麗なターンを決めた俺は、そのまま猛ダッシュ

 今の俺がメロスだったなら、半日で王城についてしまうほどのスピードで逃げ出した。

 しかし、今の人間やめているルナにとっては、この程度の速度全く苦にならなかったようで、ぴったりとくっついて来ている。

 というか、だんだん追いついてきてるし。

 エレクよりはや~い! な状況に追い込まれた俺は、とにかく走り続けた。

 ルナ(化)は、口から少なくとも人間以外の生物の言語を叫びながら、あと少しで俺に手が届くという距離まで迫ってきていた。

 あぁ、俺ここで死ぬのかな、と考えると、

少なくとも記憶に中には存在しない家族に対して、申し訳なさがこみ上げてくる。

 ああ、記憶にすらいないけど父さん、母さん、いたのか分から無いけど兄弟姉妹たちよ、

エレクはここでゲームオーバーです、ごめんなさい。

 くそ! こんなことになるって分かってたのに、どうしてあんなことを言っちまったんだ。俺のバカ!

 ああ、ルナの手が俺の襟を掴むまであと数センチ。

 俺の十六年とちょっとの人生、終了のお知らせ。

 そんな風に嘆いていた俺だったが、神サマってのは俺のことをまだ見捨てていなかったらしい。

 いつの間にか併走してきていたレイド(救世主)が、ルナに向かって、こう言ってくれたのだ。

「ルナ。もうその辺にしておこう? エレクも反省しているみたいだし。それに――、」

 レイドは一端言葉を切ると、ルナに向かって、もはや非の打ち所の無い完璧な笑みを浮かべてこう言った。

「そんなに怒った顔してると、ルナの可愛い顔が台無しだよ」と。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は思ったね。

 こういう奴が、勝ち組って言うんだなぁって。

 まぁ、その言葉のおかげでルナは一瞬で爆発。

 顔を真っ赤にして、まるで借りてきた猫のようにしおらしくなったルナは、

「ふぇ!? かわいい? 今レイドが、

私にむけて可愛いっていった!?」

 とか何とか言って、そのままふにゃー、と倒れてしまった。

 うひゃー、すごい威力だ。

 ルナの奴の一人称も、普段の『ボク』から『私』に変わってるし。

 さすが、幻想殺しならぬ女殺し。恐るべし。

 そんなことを考えがら、息を整えていた俺に向かって、レイドが声を掛けてくる。

「いい眠気覚ましになったかい?」

 なんだか、俺は一瞬コイツをぶん殴りたくなった。

 というか、殴らないと気が済まない。

 しかし、どうやら俺の考えが顔に出ていたらしく、レイドは「冗談だよ」と言って笑いかけてきた。

 ちくしょう、殴れなかった。

 そんな風に悔しがっている俺を見て苦笑しながらも、真面目なレイドはこう言った。

「さ、そろそろ行こうか。仕事の時間だ」

 その言葉を最後に、俺たちは現地輸送用のヘリに乗り込んだ。

   ~~~

 バララララララ!! というヘリコプターの轟音が、気圧によって膜が張ったような感覚になっている耳の中で弾ける。

 ヘリに乗り込んでから約一時間が経ち、だいたい高度三万フィート――広島に原爆を落とした時と同じくらいの高さ(約九千メートル)だ。――にある機内で、俺とルナは、レイドから今回の仕事内容の説明を受けていた。

「メモリーチップの入手? そんな簡単な仕事なのかよ」

 そう、今回の仕事は、どこぞのお偉いさんが必要としているメモリーチップを、何をしているのか分からないような研究施設から取ってくること。

 簡単に言っちまえば、泥棒だ。

 それにしても、そんな簡単な仕事に高い金払って俺たちを雇うなんて、もしかしてそのお偉いさん、バカなんじゃあなかろうか。

 しかし、レイドの奴は俺の言葉に、偉く真面目な顔で返答をよこした。

「それが、そうもいかないみたいだよ。この写真を見てごらん。ウチの偵察部隊の奴らが撮った写真なんだけど、右下のあたり、どうも一筋縄じゃいかなさそうなのが写ってる」

 そう言って、写真を渡してくるレイド。

 レイドに言われるがままに写真を覗き込んだ俺たちは、驚愕の声を上げた。

 おいおい、こんなのがいるなんて、聞いてないぞ。

 そこに写っていたのは、巨大なナニカだった。

 機械のような胴体と頭、だというのに

四肢はまるで獣のようだ。

 写真を見る限りでは、周りの建造物と比較して、だいたい三十メートルくらいはありそうだ。

 うへぇ、どこぞ土くれさんのゴーレムかよ。

 そんな見た事も無いナニカは、研究施設を守るように仁王立ちを決めている。

 そんなナニカを見たルナが、不安そうな声で、疑問の声を上げた。

「ねえレイド、コイツは一体何なのさ。

少なくとも、ボクは今まで一度もコイツを見た事が無いんだけど」

 その言葉に、俺も同意するように頷く。

 俺も、あんなのは見た事がない。

 レイドは、そんな俺たちに説明するために、

ゆっくりと言葉を紡いだ。

「アレは、半自立型生物兵器、通称『機人兵』。なんとも安直なネーミングセンスだよね。ま、そんな事はどうでもいいんだけど。

アレの最大の特徴は、『半』自立型ってとこかな。基本的にはコンピューターの命令で動いてるんだけど、場合によっては、自分で考えて、行動する。コンピューターによって導き出される最適な行動と自分の考えを照らし合わせて、柔軟な思考であらゆる物事に対応できる、面倒な相手だよ。それから……、」

 はあ、さっぱり分からないや。

 レイドの奴は完璧に説明モードに入っていて、何で四肢には動物のものが使われているのか~とか、あれはあの大質量を支えるために、

機械の内骨格の上に動物の外骨格を~とか言ってるけど、はっきり言ってもう聞く気はない。

 ルナのほうを見てみれば、あいつはあいつで

説明中のレイドをぽ~っとした顔で見つめている。

 結局、誰一人レイドの話をまともに聞いてない。

 憐れレイド。でも、お前の説明が長すぎるのが悪いんだよ。

 まぁでも、この話を聞いた後なら、お偉いさんが俺たちを雇ったことにも納得できる。

 あんなのがいるんだから、当然だよな。

 普通のとこなんかには、任せられないもんなぁ。

 そんなことを考えていると、ヘリの操縦をしていたメンバーの一人から声を掛けられた。

「そろそろ到着だ。気ぃ付けていけよ」

 その言葉を聞いたレイドとルナは、はっ、と我に返って、いそいそと準備を始めた。

 さて、そろそろ俺も出撃の準備を整えようかな。

   ~~~

 出撃準備を終えた俺たちは、レイドから作戦時の行動の指示を受けていた。

「エレク、君はルナと一緒に下に降りて機人兵の撃破。ルナは補助魔法でエレクの援護ね。隙があったら攻撃してくれても構わないよ。僕はこのヘリの上で施設のセキリュティに攻撃を仕掛けるから、戦闘にはほとんど参加できないものだと思ってね。機人兵の撃破後は、現地で待機しているグーロと合流。そのまま作戦領域を離脱してくれ。OK?」

「OK」

「了解よ」

 その言葉に、頷いて返す俺たち。

 レイドは頷き返すと、俺のほうに顔を向けてこういった。

「エレク。相手は強敵だけど、そんな装備で大丈夫かい?」

 俺の装備は、幅広の剣と、細身の刀が一振りずつ。

 それから、バトルジャケットに、滑り止め用のゴム手袋だ。

 ルナの奴は、魔法で編みこまれた戦闘服を着て、普段よりも上質な杖を両手で握っている。

 確かに、ルナに比べれば相当頼りなく見えるかもしれない。

 だけど、俺はレイドの問いに対して、余裕の表情でこう返した。

「大丈夫だ。問題ないよ」

 それを聞いたレイドは、そうかい、とあきれたように呟いてから、俺たちに向かって敬礼をした。

 そのまま、作戦前の少し緊張した声で、激励の言葉をかけてくる。

「君たちの無事と、作戦の成功を祈っているよ」

 その言葉に、「こちらこそ」と返した俺たちは、高度三万フィートの空へと飛び立った。

「のわぁぁ~~~っ!!」

「いやぁぁ~~~っ!!」

 情けない悲鳴を上げながら、俺とルナは雲の上をもの凄い速度で滑空していた。

 気圧とかその他もろもろの原因で顔の皮が引っ張られて、お互いに人様にお見せできない顔になっている。

 まあ、あんな高度から飛び降りてもこれだけで済んでるってのは、ある意味奇跡なんだけど。

 いやぁ、超能力万歳。

 しかし、いくら超能力があるとはいえ、ここは雲の上だ。

 つまり、死ぬほど寒いっ!

 まぁ、超高高度から飛び降りたんだから当然ではあるんだけども。

 それに、寒さ以外にもいろいろと文句をつけたい要因ってのが揃ってるんだよね。雲の上って。

 例えば、さっきも言った通り、気圧やら風圧やらのおかげで顔の皮が引っ張られてるんだけど、これは服にも例外なく言えることだ。

 具体的にどことは言わないけど、とにかくきつい。

 ……食い込んだりして。

 ちらっと横目でルナを見てみれば、俺と同じような状態になっているのか、少しだけ息が荒い。

 ま、色気なんて皆無なんだけどね。

 だってルナだし。

 服が張り付いたところで膨らみなんぞいっそ見えやしない。

 つまんねー。

 とまぁ、そんなことを考えているうちに俺たちは雲海を突破し、地表近くまで降りてきていた。

 このままではどこに着陸するか分かったもんじゃないから、俺は声を張り上げて、ルナに向かって指示を出す。

「お~い! ルナ! 魔力糸!」

 魔力糸ってのは、その名の通り魔力で出来た糸のことだ。

 これを使って、『機人兵』の奴にギリギリ気付かれないくらいのポイントに着陸する手はずになっている。

 俺の声に反応して、ルナは飛ばされないように両手でしっかりと握っていた杖に魔力を流し始める。

 流された魔力は、細く紡がれていき、最終的には金色に光る細い糸が二本ほど出来上がっていた。

 そのうちの一本を俺に渡し、反対側の先を

着陸ポイントに向かって伸ばす。

 魔力糸を指定のポイントに固定したルナは、

俺が魔力糸をしっかり握っているのを確認した後、一気に魔力糸を縮める。

 それによって、ぐんっ、と加速した俺たちは、魔力糸の先端に向かって引っ張られていく。

 しばらくその動きに身を任せていると、

地表が間近に迫ってきている。

 それを見たルナが、悲鳴に近い声を上げる。

「エレク! アレを!」

 その言葉を聞いた俺は、魔力糸を握っていないほうの手のひらを、懐のホルスターに突っ込む。

 そうして、しばらくごそごそとその中を探って、ようやく目当てのものを探し当てた。

 しかし、そうこうしている内にもどんどん地表は迫ってきており、もはやぶつかるまで後数秒、というところまで来ていた。

 ルナの奴は青を通り越して土気色になった顔を恐怖に歪めながら、悲鳴と言うよりは絶叫に近い声を上げる。

「エレクゥ! 早く! 早く!!」

 はいはい。言われなくても分かってるよっと。

 ちょっとしたいたずらじゃないか。

 そこまで怖がらなくても良いのになあ。

 そんなことを考えながら、俺は懐から小型の手榴弾のようなものを取り出して、魔力糸の先端に向かって投げつける。

 それが地面にぶつかった途端、ぶわっ、と青みがかったフィールドが広がる。

 そのフィールドに突っ込んだ俺たちは、ふわりと浮き上がると、そのまま地面に優しく着地した。

 今俺が使ったのは、無重力状態発生装置。

 さっきの手榴弾みたいな奴は小型のデバイスで、

地面に着弾したのを確認すると、無重力状態のフィールドを一時的に作り出す、今や各国の戦争における降下作戦には必須のアイテムである。

 文明の利器のおかげで着地に無事成功した俺たちは、フィールドが消えるのを待ってから移動を開始した。

「ごめんって。ここまでビビるとは思わなかったんだ。だから頼む、機嫌を直してくれよ」

 しかし、移動を始めてすぐに、問題が発生した。

 ルナの奴が、俺と口を利いてくれないのだ。

 研究所まではかなり距離があるし、

その間ずっと気まずい空気の中にいるなんて俺には耐えられない。

 それに、ルナの奴は意外と強情なので、

無いとは思うんだけど、戦闘中ですら口を利いてくれないかもしれない。

 もしかしたら、の域を出ない考えだけど、

万が一、本当にこんな事になってしまったら非常に困る。

 そんな理由があって、俺は今、ルナのご機嫌取りに必死なのだった。

 しかし、俺がいくら話しかけてもうんともすんとも反応をよこさない。

 チクショウ。元々嫌われいたのは知っていたけど、まさかここまでだとは思わなかった。

 最近は少しずつまともになってきたと思ってたのに……

 いくら自業自得とはいえ、なんだか妙に悲しい。

 それから約十分間、俺のご機嫌取りは続いた。

   

 十分後、もはや謝るための言葉のバリエーションが尽きて二週目に突入したあたりで、やっとルナが口を開いた。

 はぁ~~~~、と大きく溜め息をついた後、ルナの奴は芯まで冷え切った声で俺に向かってこう言い放った。

「もう、いいわ。そのボキャブラリーの少ない貧弱な頭で考え出した謝罪の言葉なんていらない。だから、これからはボクたちの仕事に必要な言葉以外は口に出さないでくれる? 今は君の声を聞くだけで気分が悪くなってくるの」

 その言葉は俺の胸にグサッと突き刺さったね。

 もうナイフとかそんなレベルじゃあない。

 まるでドリルが胸に突き刺さって、そのまま貫通することなく常に胸をえぐり続けているような、そんな激痛が俺の胸を襲った。

 襲い来るその激痛に、俺は一瞬、立っていられなくなる。

 でもそれもしょうがないことだろう?

 だって、それほどまでに、今の言葉は俺にとってショックだったんだから。

   

 俺は一時期、ルナに酷く嫌われていた。

 でも、あの時のルナでさえここまで酷い物言いじゃなかった。

 別にルナに気があるわけじゃない。

 というか、恋愛沙汰にそこまで興味を持てない、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 でも、だからと言って嫌われても良いわけじゃない。

 だからこそ、俺はあそこまで嫌われていたルナと、ある程度の冗談を言い合えるほどの仲になるまで、必死に努力したのだ。

 でも、それもこれも、全部崩れ去った。

 ルナにはあの時以上に嫌われ、このままじゃあ

もう二度と、仕事方面の話以外をすることが出来ないかもしれない。

   

 ……そんなのは、嫌だ。

   

 でも、どうすればいいのかなんて分からない。

 さっきみたいに謝っても意味は無いだろう。

 じゃあ、他にできることがあるのか?

 ……しばらく考えていたが、結局、俺のバカな脳みそを穿り回してもいい案が思いつくわけも無く、俺は胸に大きな穴を開けたまま、無言で先へ先へと歩いていくルナを追う。

 そして、その穴を塞ぐことができないまま、俺は戦場へと辿り着いた。

   

   

   

 『機人兵』を前にして、俺が最初に感じたのは、圧倒的な威圧感だった。

 写真を見たときから覚悟はしていたとはいえ、やはり実物を見ると、その巨大さがよく分かる。

 機械でできたその体躯は、熱を放出するためのダクトが大量に取り付けられ、轟音を立てながら蒸気を辺りへふりまいている。

 その巨体の上に申し訳程度に乗っかっている頭部は、あらゆる方向を警備するためなのだろう。

 いくつものカメラアイが赤く光っていて、不気味な雰囲気を醸し出している。

 正直言って、怖い。

 普段の俺ならこんなことを考えたりせずに、

いつも通りに突っ込んでいっただろう。

 でも、それはルナの支援があったからだ。

 いや、ルナに対する信頼があったからかもしれない。

 しかし、今はそれがない。

 仕事だから、という理由でルナは魔法を使ってはくれるだろう。

 でも、今のルナに背中を預けることが出来ない。

 それほどまでに、このときの俺の精神は不安定だった。

 しかし、敵さんがこっちの都合なんて考えてくれるわけが無い。

 頭部に光っている大量のカメラがいっせいに俺とルナを射抜くように

輝き、『機人兵』はその振るうだけであらゆるものをなぎ倒してしまいそうな

巨大な腕を俺たちに向かって振り下ろした。

「うおわっ!」

 その腕をギリギリで避けた俺たちは、お互いの持ち場へと移動する。

 その際に、ルナは俺に一瞥もくれることは無く、淡々と身体能力を強化する魔法を掛けてから去っていった。

 俺の胸にまたもや激痛が走る。

 立ちくらみを起こしそうになったが何とか堪え、振り下ろされる左腕を回避。

 そのまま左腕に飛び乗り、走り出す。

 今はこいつを倒すことに集中しないと。

 謝る前にこいつに殺されたんじゃあ本末転倒だしな。

 そう考えて意識を戦闘へと切り替えた俺は、

両手に持った剣と刀の柄尻を合わせ、百八十度回転させる。

 カチッ、と音が鳴って柄尻同士が固定され、二本の武器は一つになった。

 それを右手で深く握りこみ、風車のように回転させながら、

『機人兵』の左手を縦に切り裂いていく。

 刀側で筋繊維に沿って腕を切り裂き、逆側の剣でその切り込みから内部へ刃を走らせる。

 その際に、剣が筋肉を裂く嫌な感触が手に伝わってくるが、そんなことを気にしている余裕は無い。

 とにかく、他の何も考えないようにしながら

俺は『機人兵』を切り裂いていく。

 斬る。裂く。斬る。裂く。斬る。裂く。斬る。裂く。斬る。裂く。斬る。裂く。

    

 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂く。

   

 『機人兵』の左腕を登りきるのに、どれくらいの時間が経っていたのか

俺には分からないが、それ程長い時間ではなかったと思う。

 でも、その間に俺は一体何回剣を回転させたのか。

 『機人兵』は、左腕が縦にバッサリと裂け、

血のように赤いオイルを吹き出している。

 それが切り裂かれた腕の上に降りかかり、

まるで人間を切ったときのように、一瞬で赤黒く染まっていく。

 それと同時に、つんと鼻に来るオイルのにおいを感じる。

 見れば、俺の服にも返り血のようにオイルがべっとりとこびりついていた。

 まるで本当に人を殺したみたいじゃねーか。

 こりゃあさっさと帰って洗わねーとなぁ。

 そんな風に考えられるくらいには余裕が出てきたせいか、俺の頭はさっきと同じことを考え始める。

 どうすればルナといつものような関係に戻れるのか?

 言葉で謝る以外に何か俺に出来ることがあるのか?

 そんなことを考えながら、俺は剣の連結を解除する。

 そして、両手に持ち直したそれぞれの武器に、電気を流す。

 考え込んでいたとしても、長年使い慣れた能力だ。

 失敗なんてするはずも無い。

 電気を流したことによって、両手の武器は赤熱化し、赤く光り始める。

 俺は右手を振り下ろし、幅広の剣を使って『機人兵』のカメラをつぶしていく。

 右手でカメラをつぶしながら、左手に持った刀を『機人兵』の奴に突き刺した瞬間、俺の身体がはねた。

 どうやら『機人兵』の奴に吹き飛ばされたらしい。

 考え事をしていたせいで、反応するのが遅れた。

 最近こんなことばっかりだ、なんて考えながら三十メートルの高さから落下。

 いくら魔法で身体が強化されているとはいえ、高さが高さだ。

 言いようも無いほどの激痛が俺の身体を走り抜け、俺はその痛みに激しく顔を歪ませる。

 そんな時、俺の目が捕らえたのは、『機人兵』の奴がルナに対して右腕を振り下ろそうとしているシーンだった。

   

   

   

 ルナ・アシュライズは、魔力レベルだけならどこにでもいる普通の魔法使いだ。

 むしろ、魔力的にも、身体的にも、普通より少し育ちきっていない。

 ……特に身体的には、全くと言っても良いかもしれない。

 でも、そんなどこにでもいる魔法使いのルナが、どうして俺たちのような傭兵集団の中でも実動用の部隊に当てられているのか。

 その理由は、ルナ自身が持つ魔道具作成技術にある。

 魔法使いたちは、よっぽど強大な魔力を有していない限り、その実力の1大半は魔道具によって決まる。

 魔法使いたちは、魔道具が無ければ魔法を行使することが出来ない。

 魔道具は、杖だったり十字架だったりといろいろあるけど、基本的にはその性能は同じだ。

 だからこそ世界各国の名うての魔法使いたちは、魔道具に関しては自分たちで作っていることも多い。

 しかし、魔道具には欠点がある。

 補助や回復を行う『魔法』と、攻撃を行う『魔砲』。

 この二つは、お互いに必要とする魔力の種類が違う。

 『魔法』を扱うためには自身の精神力を練りこんだ魔力。

 『魔砲』を扱うためには自身の精神力のほかに、空気中に漂う

『マナ』や『エーテル』と呼ばれる類の、

地球そのものが持っている力を練りこんだ魔力がそれぞれ必要だ。

 この二種類の魔力は相反する存在で、

お互いにそのままだと打ち消しあってしまうという性質を持っている。

 なので、魔道具には基本的に『魔法』か『魔砲』のどちらかのみを

扱えるように作られている。

 つまり、世の中の魔法使いたちは、魔道具を介して自分の魔力を増幅させ、さらにそれを魔道具の中で設定された魔力へと変換する、といった工程を通して、やっとどちらかの魔法が使えるってわけだ。

 しかし、ルナはその常識をを覆した。

 ルナはこの相反する二つの魔力を、なんとか同時に扱うことは出来ないかと試行錯誤を繰り返した。

 その結果、目をつけたのが東洋の陰陽道において使われる陰陽対極図。

 あの図には陰と陽、相反する二つの概念が混ざり合って出来ている。

 それを魔道具に応用したルナは、何度も失敗を繰り返し、ついに完成品を作り上げた。

 それによってルナは、『魔法』と『魔砲』を同時に扱うことが出来る世界でただ一人の魔法使いになった。

 もちろん、これは誰にでも出来ることではなく、ルナの類稀なる魔道具作成技術があってこそだ。

   

 でも、それだけだ。

 ルナ・アシュライズという魔法使いは、世界でただ一人の魔法使いであり、世界にはいくらでもいる女の子だ。

 俺たち超能力者みたいに身体が頑丈に出来ているわけでもないし、ピンチになれば秘めた力が覚醒して強くなるような主人公でもない。

 そんな彼女が、『機人兵』の巨大な腕の一撃を食らえばどうなるかなんて、バカな俺でも分かる。

 つまり、ルナ・アシュライズは、俺の親友に恋をしている可愛い女の子は――

   

――死ぬ――

   

 その想像をした瞬間、俺は全身の毛が総毛立つのを感じた。

 ルナが死ぬ?

   

 まだ謝ってない。

   

 ルナが死ぬ?

   

 まだあいつの恋が実ってない。

   

 ルナが死ぬ?

   

 そんな事……させてたまるか。

 全身が激痛を発する。でも、そんなことは関係ない。

 全身の骨がみしみしと軋んで、いくつかが折れる。

 でも、そんなことは関係ない。

 身体が動かない? なら、無理やりにでも動かせばいい。

 俺は自分の身体に電気を流す。

 人間の身体は脳から送られる電気信号で動いている。

 つまり、俺が自分自身の能力で脳から送られる電気信号をいじれば、

身体は動く。まだ、ルナを助けに行ける。

 命令する。立ち上がれ。

 命令する。動け。

 命令する。ルナを――助けろ!

 その瞬間、俺は光のように飛び出した。

 脳の思考速度が俺の能力によって急激に加速され、まるで周囲が止まっているように見える。

 そんな中で、『機人兵』の巨大な右腕だけが、ゆっくりと

ルナめがけて振り下ろされている。

 このままじゃあ間に合わない。

 もっと、もっと、もっと速く!

 間に合え、間に合え、

「間に合えぇぇぇえええーーーーーっ!!」

   ***

『グーロ、準備オッケーだよ。セキリュティは完全に解除した。

最短距離を通って行こう。ってグーロ、聞いてる?』

 男の手には小型の通信機が握られており、そこからはレイドの声が聞こえてくる。

 通信機を握った黒髪赤目の男――グーロ・ヴィリヴァスは、

その声に返事を返さず、目の前にある頑丈そうな扉に手を掛ける。

『グーロ? 何してるんだい?』

 やはり返事を返すことなく、グーロは手を掛けた扉を力任せにこじ開ける。

 メキィ! と音を立てて紙くずのように引き裂かれた扉をつまらなそうに眺めた後、グーロは短く、端的に言葉を紡いだ。

「……最短距離だ」

 そう言いながら、壁に向かって拳を突き立てるグーロ。

 ドゴォ! という音を立てて、明らかに拳の何倍もの大穴が開いた壁を、

グーロは悠々と潜り抜けていく。

 それをハッキングしたカメラ越しに見ていたレイドが、

『無茶苦茶だ!』と叫んでいたが、これを無視してグーロは次の壁へと拳を突き立てる。

『何でこんなことをするんだい?』

 グーロを説得するのをあきらめたらしいレイドが、

あきれたような声で問いかけた。

 その言葉に、グーロはさっきまでと同じ底冷えするような、それでいてどこか温かみを感じさせる声で返答する。

「……早く仕事を終わらせれば、あいつらのところにそれだけ早く行ってやれる」

『…………』

 その答えを聞いたレイドは、しばらく絶句した後、あきれたように呟いた。

『……まったく、君ほど不器用な優しい奴もそうそういないよね』

 目的の部屋は、目前まで迫っている。