旧ナイツロード 第六話 仲間

 

 

 諸刃志雄は走っていた。

 エレクの言う『火種』を探すためにである。

 今のところ見つけた『火種』は三つ。

 合計でいくつあるのか志雄には分からないが、

重要なアトラクションごとに一つ設置されていたことを鑑みるに、

最低でもそれと同じだけ用意されていると見ていいだろう。

 もちろん、これだけ広大なテーマパークの中で爆破テロを行うのだから、

アトラクションごとに一つ、というだけではないだろう。

 しかし、今は闇雲に探し回ったところでどうすることもできない。

 ――ならば、自分が今できることをやるべきだろう。

 志雄はそう考えて、さらに走る速度を上げた。

 周囲の人々の奇異の視線が突き刺さるが、

それをことごとく無視して走り続ける。

 数分の後、志雄はアトラクションの前へとたどり着いた。

 そこは家族やカップル、子供など、様々な人々でごった返していた。

「ケンケン、このアトラクションならば、お主はどこに爆弾を設置する?」

 腰に下げた刀に、そう問いかける。

 もちろん、志雄の気が狂ったわけではない。

きちんとした理由があるのだ。

「うむ、ここは人気のアトラクションだからな、

並んで待つ人の数が多い。爆弾を仕掛けるとしたら、そこだろうな。

それから主よ、その名でワタシを呼ぶな。

ワタシは刀であって、剣じゃない」

 誰もいないはずなのに、志雄の問いかけに答える声があった。

 その声の出所は――腰に下げられている刀。

 その鍔の部分につけられている、巻貝の装飾のようなものからだった。

 そう、志雄が先ほど問いかけたのは、『賢刀 不滅』という名の、

『意思を持った刀』である。

「賢い剣なんだから、ケンケンと呼んで何が悪いのでござるか!」

「だから言っただろう、ワタシは刀であって剣ではない!

それに、その名は格好悪い」

 そんなどうでもいいことに一々反応するケンケンだったが、

すぐさま気を取り直して、巻貝のような装飾を赤く発光させる。

「主よ、今はそんな事はどうでもいい。とにかくさっさと爆弾を探すぞ」

「合点承知でござる!」

 一瞬にして気を引き締めた志雄は、二、三度頬を叩くと、

人ごみの中へと飛び込んでいった。

   

   

「ふむ、こんなものか」

 リンショウは、自身の腕の中で機能を破壊され、

もはやただの鉄くずと化した爆弾を見つめながら、小さく呟いた。

 リンショウは今遊園地内を半周し、

最初にエレクたちと別れた地点まで戻ってきていた。

 その間に破壊した爆弾は、合計十三個。

 それも、アトラクション内だけでこの数なのだ。

道中立ち寄った小さな露店や、

ファミレスといったところに仕掛けられていたものまで含めると、

二十一個という、驚異的な数まで膨れ上がる。

「まったく、これだけの数を、よくぞ集めたものだ」

 リンショウは大きく溜め息をつくと、手の中の爆弾を握りつぶす。

 外側だけを綺麗に破壊されたそれは、

もはや見るも無残な形へと変わっていた。

 リンショウはその中から、液化爆薬と起爆部分だけを綺麗に抜き取る。

 そのまま、手に持っていた外側の部分を投げ捨てると、

液化爆薬の入った試験管と起爆部分を、目の前に持っていく。そして、

「ぬぅん!」

 何の躊躇もなく握りつぶした。

 リンショウの手の中で液化爆薬が空気に触れ、激しい爆発を起こす。

 それをリンショウは両手で押さえ込み、爆風を自身の体で受け止める。

 熱風と閃光が吹き荒れ、もうもうと煙が立ち込める。その中には

   

 ――火傷一つないリンショウの姿があった。

   

「チッ、つまらん。この程度の威力か」

 リンショウはそうつまらなさそうに吐き捨てると、

志雄の去っていった方向へと視線を向けた。

「……バシュの奴は、一人でも何とかなるだろう。となれば」

 リンショウはくるりと踵を返すと、エレクの下へと走り始めた。

 リンショウの視線は、この遊園地の目玉でもある、

『灰被り姫の城』へと向けられていた。

   

   

 エレクは、『灰被り姫の城』の地下で、複数の男たちと対峙していた。

 赤、青、黄の面を被った男たちが、

エレクを取り囲むように布陣を敷いている。

 ジリジリと少しずつ、その包囲網を狭める面の男たちに向かって、

エレクは獣のように獰猛な声で、雄雄しく吼えた。

「おおぉぉおおあぁっ!」

 地面を蹴って、弾丸のごとく目の前の青い面を被った男へと突撃する。

 全身の筋肉が唸り、爆発する。

 エレクは腕をかざして、出発前に詰め込んだ武器のうち、

最も使い勝手のいい長剣を選択し、現出させる。

 そしてそのまま、深く握って大上段から振り下ろした。

「らあっ!」

 ガザギギギ! と金属と金属がこすれる音を立てながら、

エレクが振り下ろした剣の一撃を、

青い面をつけた男が手に持ったカタールで防いだ。

 エレクはそのことを確認すると同時に、電撃を体から放つ。

 吹き荒れる閃熱が志向性を持って周囲の敵を狙うが、

それも青い面の男が生み出した炎によって、きれいさっぱり相殺される。

 その隙を狙うかのように、赤い面を被った男が同じく炎を発し、

黄色い面を被った男が疾風のごとく接近する。

「うおわっ」

 エレクは若干焦った様子を見せながら、

空気を焦がしながら迫ってくる炎球を、盾を展開させて防ぎ、

その反動を使って青い面の男の方へとさらに深く体を押し込む。

 青い面の男の体がよろめいた瞬間、反転、蹴りを食らわせて離脱する。

 エレクの蹴りがまともに入ったことにより、

完全にバランスを崩した青い面の男に、黄色い面の男が突っ込み、

その手に持っていた剣が青い男の胸を貫いた。

「……まずは一人」

 エレクは小さく呟くと、

牽制の意味を込めた電撃を赤い面の男に向けて放ち、

いまだに剣を抜くのにもたついている黄色い面の男めがけて突撃する。

「獲物をちゃんと使わなかったのが、お前の死因だよ!」

 驚愕か動揺か、黄色い面の男は身じろぎを一つすると、

獲物を手放して走り出す。その背に向かって、エレクは飛んだ。

「背中を見せるな、って習わなかったのか?」

 右から左へ、一閃。

 白刃が煌めき、その直後に赤い飛沫が舞った。

 ごとりと音を立てて、

黄色い面を――血飛沫によって赤く染まった面を――

被ったままの首が床に転がる。

「二人目」

 エレクは冷酷に、冷淡にカウントを増やす。

「残り……一人」

 赤い面の男を見据えて、エレクはそう呟いた。

 それを受けて、赤い面の男が右手の短剣と、

左手のボウガンを構えなおす。

 エレクも、盾を腕の装置の中へと戻すと、

もう一本、今度は黒い剣を現出させた。

 二本の剣の柄尻を合わせて、回転させる。

 カチッ、と音が鳴って、二本の剣が一つになる。

 静寂が場を満たした。

 互いに動きを探り、飛び出すタイミングを計る。

 緊張が高まり、エレクの体が僅かに強張った。

 ――瞬間、赤い面の男から炎の弾丸が放たれ、

無数の矢がボウガンから打ち出された。

「う、おおっ」

 エレクは呻きながら、電撃の壁を発生させる。

 それはボウガンの矢を焦がし、消し飛ばしたが、

燃え盛る炎を打ち消すことは出来なかった。

 エレクに炎の弾丸が迫る。

 炎の弾丸がエレクの目前まで迫って

――切断された。

 エレクの両剣によって切断されたのである。

 炎が二つに分かれ、壁に打ち付けられて大爆発を起こす。

 熱風が吹き荒れる中を、エレクは駆けた。

 『機人兵』との戦闘の際に、身体の電気信号を無理矢理に操作し、

一時的に限界を超えたあの瞬間。

 あの時と同じ事を、エレクはやってみせた。

 踏み込んだ床はひび割れ、通り過ぎた地点では烈風が吹き荒れる。

 一条の閃光となったエレクの両剣が、赤い仮面の男の左腕を切断した。

「――――――ッ!」

 面のせいでくぐもった叫び声が、エレクの耳朶を打った。

 それを無視して、振りぬいた勢いのまま回転し、返す刀で今度は右腕を。

 そして最後に、頭上から股下に抜ける一撃。

 カラン、と音を立てて面が床に落ちて、

数瞬の後に、血飛沫の雨が降った。

 床に赤い水溜りが出来上がり、その上にはぬらぬらとてかった、

黄色い小腸や緑色に濡れた肝臓、飛び出た眼球などが浮かんでいる。

 しばらくそれを眺めていたエレクは、

不意に顔を上げると、足元に電撃を放った。

 血液が蒸発し、内臓が焦げる酷い臭いを嗅ぎながら、

エレクは哂った。

「は、ははは、はははははははは!」

 狂ったように哂うエレクの前に、新たな面を被った男たちが現れる。

 それを見たエレクは、冷めた視線を男たちに向けた。

「来いよ。このロクデナシどもが。

こちとら守らなきゃなんないもんがあるからさ、

テメェらなんかに時間を掛けてる暇はないんだよ」

 暗闇の中で、ナニカが蠢いた。

 闇の中は、いくら覗いても闇だった。

 闇はまだ晴れない。

 

「来いよロクデナシ共が。こちとら守らなきゃなんないものがあるからさ、テメェらなんかに時間掛けてる暇は無いんだよ」

 エレクの啖呵が、『灰被り姫の城』の地下内に響き渡る。

 密閉された空間のためか、様々な方向に反射されたその声は、まるでエレクの声が地の底から響いてくるかのような、原始的な恐怖を仮面の男たちに植え付けた。

 動揺が広がる仮面の男たちの中から、リーダー格らしき黒と赤のマーブル色の仮面を被った男が現れ、エレクに向かって歩み寄った。

 瞬間、今までのざわつきが嘘だったかのように、仮面の男たちが整然としたただ住まいに戻った。

 それを見たエレクは唇を吊り上げ、目の前の男に視線をやる。

 しかし、普段のエレクとは違う、『傭兵』としての目をしたエレクに睨まれたにも関わらず、マーブル色の仮面の男は全く萎縮した様子も無く、エレクの目の前に立った。

 マーブル色の仮面の男は、エレクを見下ろしながら、覗き込むようにその双眸を光らせる。

「まぁ、待て。その振り下ろそうとしている剣を止めろ。まずは私の話を聞いてからでも遅くは無いだろう」

 エレクが目を見開き、手に持っていた剣をだらりと降ろした。

 それを見たマーブル色の仮面の男は、満足気に頷く。

「……よし。それでいい。……貴様が何を守ろうとしているのかは知らん。だが、それは一人でこんなところに来てまで、己の命を賭してまで守るほどのものなのか?」

 変声機を通しているせいか、低く、平坦な声がエレクの耳朶を打った。

 エレクは、はっ、と嘲るように笑ってから、その口を開く。

「お優しいこって。俺をいつでも殺せるぞアピールか? そんなもんは俺には効かないぜ。残念だったな。……で、俺が守ろうとしているものが、俺の命をかけるに値するほどの物かどうか、ってことだったか? はん、当たり前だろ。俺一人ごときじゃあ釣り合いが取れないくらい、かけがえの無い存在だよ。もちろん、テメェらじゃあ天秤にも乗らないくらいに、な」

「ほほう、そこまでか。という事は、何だ? 想い人か何かか?」

「そんなもんじゃ、ないさ!」

 面白そうに顔を寄せてきたマーブル色の仮面の男に、エレクは右手に持った直剣を突き出した。

 身体電気をいじって、亜音速以上の速さで突き出された直剣は、エレクの腕を中心としたソニックブームを円状に発生させながら、マーブル色の仮面の男に迫る。

 キュガッ! という音を立てながら、空気を引き裂いて突き出されたその直剣は、しかし、マーブル色の仮面の男を貫くことは無かった。

「ふむ、想い人でないなら、なんだ? 家族か? 親友か? 師か? 弟子か? 貴様をそこまで駆り立てるものは、一体なんだ? 教えてはくれないか? 貴様が……死んでしまわんうちに」

 マーブル色の仮面の男は既にエレクの数歩先、直剣がギリギリ届くか届かないかのところに立っており、さらには、直剣の切っ先には、巨大な盾を構えた、仮面の男が身を滑らせるようにして割り込んできていたからである。

「教えて欲しいなら、部下任せなんかじゃなく、自分の体を動かして聞けよ!」

 エレクは盾を持った仮面に向かって電撃を飛ばし、その身を黒く炭化させる。それと同時に、四方八方から迫ってくる他の仮面たちを散らすように、突きの勢いを殺さず利用しながら一回転。周囲への牽制を行うと同時に、回避に失敗した仮面たちを肉塊へと変える。

「しっ!」

 エレクは短く息を吐くと、目の前で物言わぬ障害物へと変わった、盾を持った仮面の肩に足を掛け、跳躍。

 グシャリと、炭化した人の肉が崩れる嫌な感触を靴底に味わいながらも、天井に足を着いたエレクは、ある程度固まった集団になっている仮面たちの中へと突撃、それと同時に直剣を振り、数名の首と胴を別れさせる。

 鮮血が舞い散り、エレクの青白い髪を赤黒く染めていく。

 血を吸った服は肌に張り付き、重くなり始め、鉄と脂肪の何とも言えない臭いが周囲を包み、人の死を濃厚に実感させる。

 それら全ての不快感を飲み込んで、エレクは再度跳躍。

 集団の中から抜け出すと同時に、電撃の置き土産を仮面たちにお見舞いする。

 幾人かの仮面たちが物言わぬ存在になるのを目の端で確認しながら、エレクは開けた場所に着地した。

 一寸にも満たない刹那の間に、エレクは呼吸を整え、血と脂肪で切れ味の悪くなった直剣を転送、新たな武器へと入れ替える。

 そこへ、まさしく壁のように群がった仮面たちと、彼らの放った火の玉や氷の槍が降り注いだ。

「があっ!」

 それらを打ち消すために、エレクの体から紫電が迸る。

 幾つもの火球が打ち消され、氷槍は砕け散った。

 新たに展開させた巨大な槌を亜音速の速度で振り回し、発生したソニックブームで周囲の仮面たちを吹き飛ばす。

 しかし、やはり数の上での差がある。槌を振り回していた手が止まり、電撃の放出を止めた時にできた、一瞬の隙。それを狙ったかのように打ち出された、先ほど打ち消しきれなかった氷槍が、エレクの右腕、その二の腕に突き刺さった。

「いっ、ぐぅあああぁぁぁあ!」

 あまりの痛みに、エレクの口から悲鳴が上がる。

 一瞬ではあるが、痛みに蹲ったエレクに向かって、仮面たちがここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる。

「いっ、ぎいぃい!」

 エレクは歯を食いしばり、奇声を上げながら、腕に氷槍を突き刺したまま槌を振るう。

 ゴバァッ! と、空気どころかエレクの腕すらも引き裂いてしまいそうな、そんな轟音を立てながら振るわれた巨大な槌は、周囲の仮面たちに直撃し、薙ぎ払う。

 エレクの手に、骨の折れる感覚と、内臓がつぶれ、弾ける感覚が走ったが、ねっとりと絡みつくようなそれらを無視して、エレクは激痛に耐えながらただ遮二無二槌を振るった。

 暴風が吹き荒れ、破壊の嵐が仮面たちを蹂躙する。

 仮面たちは、くの字に体を折り曲げながら吹き飛び、広い地下空間の壁に叩きつけられた。

 中には、体がありえない方向に曲がっているものや、もはやグチャグチャになっていて、原型が判断できないものもある。

 吐き気がするほどおぞましく、直視しづらい光景を見つめながら、エレクは己の二の腕に刺さっている氷槍に手を添えた。

「ぐううぅぅうぅ……」

 透明に透き通った氷槍に、エレクの二の腕から迸る鮮血が付着し、その明度を下げていく。

「いっ!」

 エレクは氷槍を抜き取ると、己の血で深紅に染まっているそれを床に投げ捨てた。

 カラカラと音を立てて床に転がるそれを、マーブル色の仮面の男が踏み砕く。

「ふむふむ。やはり貴様は中々にできる奴のようだな。……俄然、貴様が守ろうとしているものが何なのかという事に興味が沸いたぞ。確か、自分で動けば教えてくれるのだったか? まぁ、その必要も無いかもしれないがな。ほら、見てみろ」

 マーブル色の仮面の男は、顎をしゃくってエレクの背後を指し示す。

 不意打ちを警戒しながら、ゆっくりと指示された方へと振り返ったエレクは、自身の視界に映ったものが信じられず、絶句した。

 エレクの視界いっぱいに、仮面の男たちがひしめいていたからだった。

 思わず膝を付きそうになったエレクに、マーブル色の仮面の男の声が届く。

「どうだ? これだけの数を相手取って、貴様はまだ虚勢を張ることができるのか? なに、私は貴様がなにを守ろうとしているのかが知りたいだけだ。もし教えてくれるのならば、貴様は見逃しても構わない。悪くない取引だと思うんだが、どうだ?」

「……おいおい、何適当なこと言ってんだよ。教えたら見逃してくれるとか、虫が良すぎるってもんだろ。それこそ、教えようが教えまいが、テメェにとっちゃ俺を殺すことに変わりは無いんだろう?」

 エレクの言葉に、マーブル色の仮面の男は鼻を鳴らして答えた。

「ふっ、信じられないかもしれないが、私は知識欲の塊でね。自身が気になったことは、どんな手を使ってでも知りたくなってしまうんだよ。そして、私の知識欲を満たしてくれる人物は、私にとって神と同義だ。まぁ、実際に崇拝するわけじゃあないんだが……とにかく、貴様の話は私の知識欲を満たしてくれるからな、見逃してやることぐらいやぶさかではないさ。どうだ? 納得してもらえたか?」

 マーブル色の仮面の男の話を聞いたエレクの唇が、大きく釣りあがる。

 目からは獰猛さが消え、澄んだ、闘志を滾らせた光に満ち溢れた。

 エレクは、二の腕の止血を終え、ゆらりと、まるで幽鬼のように立ち上がった。

 赤く染まった前髪から覗く双眸が、マーブル色の仮面の男を射抜く。

「なぁ、これから言うことはただの独り言だ。それ程意識せずに聞いてくれよ。俺は今から、テメェのお望みどおりの話をしてやる。テメェも知ってると思うが、俺にはな、守りたい奴がいるんだよ。……いや、奴じゃなくて奴ら、だな」

 エレクの脳裏に、レイドやルナ、グーロの姿が去来する。

 その様を、マーブル色の仮面の男は興味深そうに眺めていた。

「そうだな、例えば、俺の親みたいな人。その人は、行く当ての無かった俺を拾ってくれて、居場所を与えてくれたんだ。その人がいなけりゃあ、俺は今頃の垂れ死んでた」

「その拾ってもらった命を、貴様は今ここで捨てようとしているがな」

「黙って聞いてろよ。次は……」

 エレクの胸に、レッドリガの大きな背中が現れ、こちらに顔を向けた。エレクの胸に思い描いたレッドリガは、そのまま消え去り、エレクの胸へと溶けた。

 エレクの足の震えが止まる。

 エレクは心の中で感謝を述べながら、続ける。

「次は、俺の兄貴みたいな奴だ。そいつは、何か俺が間違ったことをしたら叱ってくれて、俺のために泣いてくれて、俺を楽しませるために苦心してくれて……そいつがいなかったら、俺はきっと捻くれた奴になってたと思う。三人目は……」

 続いてグーロの強面が現れ、エレクにぎこちない笑みを浮かべながら消えていく。

 曲がっていたエレクの足が、すらりと伸びる。

「三人目は、俺の親友だ。アイツは、いろんなことで俺を支えてくれて、励ましてくれて、気を配ってくれて……。ちょっと鈍感すぎたり、ムカつくくらい皮肉屋な所があるけど、それでも俺にとっちゃあ、唯一無二の親友だ。最後は……」

 レイドがエレクの目の前に現れ、いつもの皮肉っぽい、完璧なイケメンスマイルを残して消えていく。

 エレクの体に、力が戻る。

「最後は、俺の守りたいもの筆頭だよ。そいつはな、胸はぺったんこで、愛想が悪くて、酒乱で、馬鹿で、アホで、ドジで、間抜けで、そして、可愛い魔法少女なんだよ。俺の親友のことが好きで、好きで、大好きで、それでも中々言い出せなくて。……本当に、可愛い奴なんだよ。それでさ、俺はこの前、そいつを泣かしちまったんだよ。ホント、情けないよなぁ。あん時は、真面目に自分を張っ倒したくなったぜ。テメェは何女の子を泣かせてんだ、ってな」

 ルナの顔が浮かび、エレクの胸のうちに秘めていた決意に火が灯る。

 エレクの体が、熱く、熱く燃え上がる。

「さて、こっからが本題だ。……俺はな、そのときに思ったんだよ。これ以上こいつらに悲しい顔はさせたくない、守ってやりたい、って。だから、俺は今ここに立ってる。戦争なんか起こしやがったら、今寝込んでるあいつ等は大変な目にあっちまう。今でさえ首チョンパの危機なのに、これ以上何かやらかされると困るんだよ。だからさ、俺は頑張るんだよ。立ち上がるんだよ。闘うんだよ! 俺の体が壊れるまで、あいつらを守り抜くために! だからさ、尻尾巻いて逃げるわけにはいかねぇ! テメェらにこれを聞かせた以上、俺は止まれねぇ! 止まる気もねぇ! だからよ、テメェらこそ、こっから生きて帰れると思うなよコンチクショオオォォォオ!!」

 咆哮が爆発し、エレクの体がそれに呼応するように変化を始める。

 エレクの体から、今までの比ではないほどの電撃が溢れ出し、暗い地下内を、まるで外の様に明るく照らす。

 エレクの犬歯が獣のように鋭く尖り、伸び、雷を帯びる。骨格が変わり、まるで獣のような姿へと変わっていく。

 エレクの背には、丸いリング状に伸びた五対十枚の結晶板が、さながら翼のように生え、一つの生命のように脈動を開始する。

「「「ウウゥゥウゥゥオオオオォアアアアァァァァァアッッ!」」」

 まるで何人もの声が重なるように、エレクの雄叫びが、地下の広い空間を揺らした。

「「「ミセテヤルヨ! オレノ、オレタチノツナガリヲ、オレタチノチカラヲ!」」」

 片言になり始めたエレクの声も、何もかもが、まるで見えない何者かがいるかのように重なり、幻想的な雰囲気を醸し出す。

 そんなエレクを見た、マーブル色の仮面の男は、突然狂ったように笑い始めた。

「フ、フフフフフフフフフッフフフフッフフフフフフッフフフフフッゥゥゥゥフフフゥ! フフフハハハハアッハハハハハハハハアアハアハハハハハアハハア! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! これこそが、私の求めていたものか! 私の欲望を満たしてくれるものか! ああ、今までこんな素晴らしい生物は見たことが無い! 一体どれほどの強さを秘めているんだ? どんな動きをするんだ? 見せてくれ! 見せてくれ! 魅せてくれ! アアハハハハハハ! さあ、行け、私の部下たちよ! 奴を打ち倒さなければ、私たちの計画は完遂せんぞ! 見事奴を討ち取って見せろ!」

 マーブル色の仮面の男の、機械的な、しかし人間的な狂った笑い声が木霊する中、指示通りに仮面の男たちはエレクに向かって突撃した。

 しかし、仮面の男たちがエレクに攻撃を仕掛ける前に、勝敗は決していた。

「ジャマダ、ドイテロオ!」

 エレクの叫びと共に、一層強さを増した電撃が、仮面の男たちを塵一つ残さず消し去る。

 仮面たちがその光景に戦慄し、エレクの姿に畏怖する。

 仮面たちの動揺。それに感化されるように、マーブル色の仮面の男の声も大きくなり、次々に指示を飛ばす。

「まだだ! 全体の二、三パーセントがやられたに過ぎん! もっとだ、もっと大勢でかかれ! 数の暴力で押し潰してやれ!」

 恐れ戦きながらも、仮面たちがさらに多くの群体を作り、エレクに喰らい付く。

 まるで巨大な獣に小さな獣が挑みかかるように、執拗に、大勢で。

 切り裂き、消し飛び、突き刺し、切り裂かれ。

 切り裂き、消し飛び、突き刺し、切り裂き、切り裂かれ。

 切り裂き、吹き飛ばし、消し飛び、切り裂き、突き刺し、切り裂かれ。

 切り裂き、切り裂き、切り裂き、消し飛び、突き刺し、突き刺し、吹き飛ばし、切り裂かれ。

 切り裂き切り裂き切り裂き切り裂き切り裂き切り裂き消し飛び切り裂き突き刺し突き刺し突き刺し切り裂かれ。

 徐々に弱っていくエレクに、まるで延々と繰り返かに思われたループも、ついに終わりを迎えようとしていた。

「さあ、あと少しだ。奴の獣性も大分薄れてきている。止めを! あの素晴らしい生物に止めを!」

 マーブル色の仮面の男は、狂喜の、恍惚とした表情で指示を下す。

 それを受けた仮面たちが、エレクに向かって様々な超能力による刃を飛ばし、手に持った刃で切りかかる。

 エレクは、フラフラと揺れながらも最後まで目を離さなかった。

 エレクは、最後の力を振り絞るように叫ぶ。

「「マけて、たまるかァァアアアァァア!」」

   

「よく言った! 少年!」

   

 突如、エレクの片言が混ざった声でもない、マーブル色の仮面の男の機械的な声でもない、第三者の声が響き渡った。

 謎の声に仮面たちを含めた全員が動きを止め、周囲を見渡す。

 瞬間、まるで各々の仮面たちの影が意思を持ったように蠢き、そして、飲み込んだ。

 多くの仮面たちは影の中へと引きずり込まれ、音も無く消える。

「「エ……? ア……?」」

 事態が飲み込めず、呆然としていたエレクの耳に、カツ、コツ、という、足音が聞こえてきた。

 それと同時に、先ほどと同じ声も聞こえてくる。

「忍術・影蟲。こういう暗い場所で、自分が一番よく使う忍術だ。……気に入ってもらえたか?」

 闇の中から、漆黒の服――というよりは、まるで作務衣のような物を着た男が現れた。

 不信感と不機嫌さを隠しもせず、マーブル色の仮面の男は謎の男を睨みつける。

「……何者だ。私の至福の時間を邪魔するとは、一体どういう了見なんだ?」

「何者か、と聞かれれば答えてやるのが世の情け……であるからにして、まあ答えてやるのもやぶさかではないのだが、ここは一つ、謎掛けでもしようじゃないか。なぁ」

 エレクに顔を向け、同意を求める謎の男。

 柔和な微笑をたたえた男に、しかしエレクは警戒を怠らず、何も答えなかった。

 エレクの態度に、若干気落ちしたらしい謎の男は、エレクに向けていた顔をマーブル色の仮面を被った男へと戻す。

「そうか……、謎掛けは嫌いか……自分的には大好きなんだがなぁ。駄菓子菓子! ……じゃなかった、だがしかし!自分は挫けないぞ! なぜならそれが自分の、何事にも挫けない強さという良さを木和田輝から! ……また間違った、良さを際立てるから!」

 ビッシイ! とポーズを決めて、なんだかよく分からないことを叫び出した謎の男に、痺れを切らしたマーブル色の仮面の男は、背後の仮面たちに向き直り、指示を飛ばす。

「あのふざけた男を始末しろ。私の時間を奪ったんだ、徹底的にやれよ」

 指示を受けた仮面たちが、エレクのときと同じように謎の男に群がっていく。

 加速度的に仮面たちの数は膨れ上がり、いまやエレクに攻撃を仕掛けて時以上の数になっていた。

「「ア! オイ!」」

 エレクが手を伸ばし、叫んだものの既に時遅く、謎の男は仮面たちの山に飲み込まる。

 つまらなさ下にそれを鑑賞していたマーブル色の仮面の男は、エレクのほうに向き直りながら、鼻を鳴らした。

「ふん、他愛も無い。……さて、それでは再び趣味の時間に――」

「他愛も無いのはどちらかな? 少なくとも、自分的にはそちらなのだが」

 エレクに向かって歩み寄ってきたマーブル色の仮面の男の目の前に、いつの間にか謎の男が立っていた。

 驚愕に目を見開いたエレクが、先ほどまで仮面たちの山があったところを見れば、いつの間にか跡形もなくなっていて、仮面たちの姿はどこにも確認することができなかった。

「な、何故だ? どうして貴様がまだ生きている?」

「さあ、ナゼでしょう? どうしてでしょう? 不思議だ、実に不思議だ! ナゼ? ナゼ? ナゼ! そう、アイアムアナゼ! 私の名前はナゼだ! ……くくく、決まった。この決め台詞。我ながらかぁこいい……」

「「いや、ゼンゼンカッコヨくないだろ」」

「なっ、何ぃ!」

 エレクの的確なつっこみが入り、膝をカクリと折る謎の男――ナゼ。

 床に手と足をつけ、項垂れているナゼを、エレクは見つめる。

(コイツ、悪い奴じゃあなさそうだし、とんでもなく強いみたいなんだが……まぁ、まずは話を聞いてみるべきか?)

「「ナァ、ナンでオレをタスけた?」」

「ふん、同士を助けるのに、理由なんて要らないさ」

「「ドウシ?」」

 エレクの言葉にナゼは神妙に頷くと、背後に迫ってきていた仮面たちを吹き飛ばしながら言った。

「少年、君は守りたい奴らがいる、と。そう言っていたな? そしてその中に、“魔法少女”がいるとも言ったはずだ」

「「ア、アア。イったけど、ソレデ?」」

 顔を近づけ、必死な形相で急に語り始めたナゼの剣幕に、エレクは若干引き気味になりながらも、話の続きを促した。

「つまりは、そういうことだ。……自分の妹と嫁も、魔法少女だからな。なんとなく、放っておけなかっただけだ」

 ナゼの説明を聞いて、エレクは引きながらも素直に感動した。

 そんな理由で、と思わないわけではなかったが、それでもただひたすらに、始めてみた相手を助けることができるというのはすごいことだと、エレクは学んでいる。だからこそ、ナゼの凄さが分かった。

(はぁー、世の中にはすごい奴もいるもんだ。……こんな良い奴の嫁さんに妹さん、両方幸せだろうなぁ。……うん、こいつは信用してよさそうだ)

 エレクは小さく頷くと、ナゼに頭を下げた。

「「アリガトウ。オマエがいなかったら、オレはきっとシんでた。オマエホドかっこいいダンナを、オレはミたコトがナいぜ。ジャパニーズニンジャさん」

「ふん、礼には及ばんさ。自分も同士を助けられて満足だから、さ」

「おい、私を無視して貴様らは一体いつまで話し込むつもりなんだ?」

 そこに、マーブル色の仮面の男の声が割り込む。

 ナゼは、周囲の仮面たちに向かって火球のようなものを発射し、殲滅すると、マーブル色の仮面の男に顔を向けた。

「全く、空気の読めない男だな。自分はここまで酷い男を見たことが無い。今はけっこう良い感じのシーンだったというのに……」

 見下すように言ったナゼの言葉に、マーブル色の仮面の男は色めき立った。

「うるさいぞ忍者もどき! 私の至福の時間を邪魔するつもりなら、さっさと立ち去れ! 死にたいのか?」

 ナゼは、ふぅ、と溜め息をつくと、首を振ってエレクの肩を叩いた。

「少年、この空気の読めない男の相手は任せよう。アレだけの啖呵を切ったんだから、少しはかっこいいところを見せないとな。……雑魚の相手は、自分が引き受ける」

「「リョウカイだ。マカされたぜ!」」

 ナゼが自分を信頼してくれている。

 戦場でついさっき知り合ったばかりの男ではあるが、その繋がりは安いものではない。

 仲間がいるからこその力が、三度エレクの体の中に巻き起こる。

 その力をありったけ込めて、エレクは拳を握り締めると、折れて使いものになくなった槌を転送し、持ってきた最後の武器である、一振りの大剣を構える。

 マーブル色の仮面の男も、ようやく悲願が叶ったと言わんばかりに体を打ち震わせ、カタールを構えた。

 周囲にはナゼが仮面を掃討し始めた事による破砕音と、すさまじいまでの死臭が漂うが、そんな事はお互い気にしていなかった。

「フフフフフフフフフフフフッフフフフフフフフフフフ! さあ魅せてくれ! 貴様の強さを!」

「「魅せてやるさ。ナカマのツナがりってヤツをな!」」

 エレクの言葉を皮切りに、二人はただっ広い地下空間の中を疾駆した。

 十分に加速したエレクは、踏み込みと同時に大剣を振り下ろす。

 衝撃波を発生させながら迫る死の刃を、マーブル色の仮面の男はカタールの曲刃で受け流し、そのまま流れるように膝を振り上げる。

 その膝は大剣の勢いを受け流され、体勢を崩したエレクの鳩尾に直撃した。

「「グッ、ゥウ!」」

 衝撃に呻くエレクの脇腹に、膝と同時に放たれた左拳が捻り込まれた。

「まだだ、まだ終わってないぞ!」

 マーブル色の仮面の男はいったん体を屈めると、伸び上がるようにカタールを持った右手を振り上げた。

 それをエレクは大剣の腹で防ぐが、無理な体勢で受けたためか、支えきれずに吹き飛んだ。

 そこへ、マーブル色の仮面の男の能力らしい、巨大な水流が追いかけるように放たれ、エレクを壁際まで押し飛ばす。

 エレクは背中を強く壁に打ち付け、苦悶の表情で呻いた。

「「い゛っ!」」

「ほらほらどうした!」

 エレクが壁を伝って起き上がったときには、既にマーブル色の仮面の男が、カタールを振りかぶって迫ってきていた。

 機械的な声の中に、愉悦の声が混ざっている、その耳障りな雑音を聞き流しながら、エレクは身体電気を操作し、一瞬だけ光速を超えて動き、その場から離脱した。

 人体の、超能力者の限界に挑むような行為に、ギシギシと体が軋む。

(さすがに、今日二度目の光速移動はキツイなぁ……)

 エレクは胸中で小さく呟くと、ふっ、と小さく息を吐き出し、大剣を構え直す。

 体中が、特に鳩尾と脇腹が酷く痛むが、それらを堪えて、エレクは再び疾駆する姿勢をとる。

「「ダイジョウブ。まだタタカえる」」

 エレクは自分に言い聞かせるようにそう口にして、床を蹴った。

 それと同時に、ありったけの力を込めた雷撃を放つ。

「無駄無駄ぁ!」

 しかし、それはいとも簡単にマーブル色の仮面の男の生み出した水に吸収され、届かない。

「「メンドウなノウリョクだなぁ、おい!」」

 エレクは舌打ちをすると、自身の雷撃を吸って、壁となっている水を迂回するように足にブレーキをかけ、再度駆け出した。

 しかし、それはつまり、動きを止めるということであり、そうなれば、

「先読みができる!」

「「ンナッ!」」

 エレクが迂回した先には、マーブル色の仮面の男がカタールを振りかぶって立っていた。

 振り下ろされたそれを、エレクは大剣を横なぎに振って弾く。

 一瞬の拮抗の後、先ほどとは違い、従前な体勢で一撃を放つことができたエレクの大剣が、カタールを退ける。

 さらに、エレクは振りかぶった勢いはそのままに、駒のように回転し、左の回し蹴りへとつなげる。

 エレクの靴底が見事に仮面の中央を捕らえ、今度はマーブル色の仮面の男が壁際まで吹き飛ばされた。

 エレクはそれに追走し、大剣を袈裟懸けに振り下ろす。マーブル色の仮面の男はそれをカタールで受け流そうとするが、吹き飛ばされ、まともに力が入らない状態で受けきることはできず、右腕ごと切断される。

「いっ、ぎいいぃぃいい!」

 くぐもった悲鳴がエレクの耳朶を打ち、耳障りな残響を残して消えていく。

 エレクは脳裏にこびりついていくそれを振り払うように頭を振ると、大剣を逆袈裟に、勢いを殺さず振り上げた。

 ブチブチと、筋肉の繊維を断ちながら、股下から胸にかけて、エレクの剣が一本の線を通す。

「あ、……」

 断末魔を上げることさえできず、マーブル色の仮面の男は、胴をずり落としながら血の海へと沈んだ。

 黒々とした血の色に染まっていくマーブル色の仮面の男を、エレクはただ見つめていた。

 すると、マーブル色の仮面の男を倒し、敵がいなくなったからなのか、エレクの体に起こっていた変化が徐々に元に戻っていく。

 犬歯は元通り口の中へと収まり、背中の結晶板は消え去った。骨格も元の小さな少年ものへと戻っていく。

 無感情にそれを見つめながら、エレクは小さく呟いた。

「ふぅ、……口調が変わると、死亡フラグだって気付けよ、バ~カ」

   

   

 エレクは大剣に付いた血のりを落とすと、ナゼに声を掛けた。

「ナゼ! こっちはケリ付いたぜ! そっちは?……って、アレ?」

 しかし、いくら見回しても、ナゼどころか、仮面の男たち一人見つけることができなかった。

 エレクは首を傾げながら、再度ナゼの名前を呼ぶ。

「おーい、ナゼ~! どこだ~!」

「ここだ」

「うおわっ!」

 突然、闇からヌッ、と現れたナゼの姿に、エレクは思わずのけぞった。

 ナゼはそんなエレクの姿を見て小さく笑うと、クルリと背を向けた。

「自分は確かに見ていたぞ。少年、君の勇姿をな。……やはり、魔法少女好きに悪い奴はいないな。……くくく」

「あっ、あー、そうだな。まぁ、悪い奴はいないよな」

(オレはお前しか見たこと無いけどな)

 エレクはそんな事を考えながらもナゼに同意し、頷いてみせる。

 それにどうやら気を良くしたナゼは、ごそごそと懐を探ると、一枚の名刺を差し出した。

「これは、自分の名刺だ。何か入用なら、すぐに呼んでくれて構わない。……ただし、内密にな」

「おっ、ありがとな。何々? No1アサシン・ナゼ……って、お前そんな凄い人だったの?」

 まぁただの名刺だから、証明できないけどなー、とエレクは思いながらも、しかし、先ほどのナゼの強さから、あながち嘘ではないのかもしれない、とも思った。

「……まぁ、どっちでもいいや。そうだ! 俺の名刺も渡しとくぜ。なんか入用だったら、俺たちの会社によろしく!」

 エレクトは血に濡れた服の中をごそごそと探って、ケースに入った名刺を取り出し、ナゼに手渡した。

「ふむ、傭兵団ナイツロード所属、エレク・ペアルトス。……ん? エレク?」

 名刺を読んだ途端、なにやらうんうん唸り出したナゼに、エレクは声を掛けた。

「お~い、どうした~?」

「……少年、君は本当にエレク・ペアルトスか?」

「ああ、そうだけど……。どうした? 本当に大丈夫か?」

 黙りこくってしまったナゼの姿に、エレクの第六感が警告を発し始めていた。

(なんだ? 何故だか分からないけど、胸がざわつく……)

「……い、おい!」

「ん、あぁ、なんだ!」

 ナゼの声が、エレクを思考の海から引きずり上げる。

 胸のざわつきが酷くなる。

「エレク、単刀直入に聞こう。君はこの間、研究所で『機人兵』と闘わなかったか?」

「ッ!」

 瞬間的に胸のざわつきが大きくなり、エレクは思わずその場から飛び退いた。

 エレクの反応を見て、ナゼは諦めたように瞼を伏せる。

「……そうか、君がエレクか……。残念だよ。せっかくの同士だったのに、もう別れなければならないとは」

「おい、お前何を言って……」

(違う)

 エレクの体が危険信号を発する。

(ちがう)

 ナゼの体から発せられる殺気に、エレクの膝が震える。

(チガウ!)

「――エレク、君のことは忘れない。せめて安らかに、眠ってくれ」

 死刑宣告が、言い渡された。

「くっ、ううぅぉぉぉおおおお!」

 エレクの慟哭が木霊する。